平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「ああ、やっぱりここにいた」

軽くストレッチをしていた私にその時声が掛かった。

この場所で話し掛けてくる相手など一人しかいない。

「フェリクス様」

「探したよ。生徒会長室にもいなかったから、ここかなぁとは思ったけどね」

「どうされたのですか?」

「もちろんシェイラに会いに来たんだよ。風邪気味だったのはもう大丈夫? あの日は少し様子がおかしかったから心配してたんだ」

一瞬何のことだろうと思ったが、そういえばこの前の王城での打合せ後に早く帰る口実に体調不良を使ったのだったと思い出す。

フェリクス様はその会話を覚えていてくれたようだ。

「会議の様子を見ている限り大丈夫そうだとは思ったけど一応確認したくて」と言って少し心配そうに私の顔色を観察している。

 ……忙しいはずなのに、そんな些細なことまで覚えてくれているなんて嬉しい。

好意を自覚したからこそ、今までだったら流していたようなちょっとしたことでもすごく心に響くから不思議だ。

なんとなくフェリクス様を意識してしまってソワソワする。

「もしかして寒い? まあ真冬に外にいるからね。こうしたら少しは暖かいかな?」

そう呟いたフェリクス様は、次の瞬間私を包み込むようにふわりと抱きしめた。

外気に晒されて冷えてしまっているフェリクス様のコートが顔に当たって少し冷たいが、それ以上にフェリクス様の腕の中は温かい。

「会議での報告もお疲れ様。すごく分かりやすくて良かったよ。シェイラのおかげで来期のセイゲル語授業は上手くいくだろうし、優秀な人材の輩出も期待できるよ」

私なりに頑張った会議の報告のことも褒めてもらえて、身体だけでなく心まで温かく満たされていく。

これまでの人生、褒められるのは容姿についてだけだった。

こんなふうに私の行いを褒めてもらえるのは、言葉で言い表せないほど嬉しい。

 ……どうしよう。すごくすごくドキドキする。自分で思っている以上に、私はフェリクス様のことが好きかもしれない。

感情が大きく揺れ動かされて「好き」が溢れ出しそうだ。

そしてその感情の昂りは、思わぬ形で私から溢れ出た。

抱きしめられながら突然瞳からポロポロと涙が溢れ落ちてきたのだ。
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