平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です

20. 開いた距離

――「シェイラ、あなたは必ず身の丈に合った結婚をして幸せになってね。身分違いの結婚は不幸なだけだわ。絶対私のようになってはダメよ?」


最近やけに母のこの言葉を思い出す。

何度も何度も私に語り聞かせてくれた教訓だ。

こうして改めて母の言葉を反芻しているのは、きっとフェリクス様を想うようになったからだろう。

母の教えに反して、どう考えても身の丈に合わない人を好きになってしまった。

どうしたらいいのだろうかと自分と向き合うたびに自然と脳裏に浮かんでくる。

 ……でももう自分と向き合う必要はないのかもしれないわ。そんなことをしたって手遅れなのよ……。

そう、もうフェリクス様に気持ちを伝えるかどうかを悩むことは意味がない。

なにしろフェリクス様と言葉を交わすような機会すらないのだから。

学園の庭でフェリクス様に抱きしめられて涙を流してしまったあの日からもう数週間が経つ。

だが、その間私は一度としてフェリクス様と顔を合わていなかった。

それによって心底実感した。

これまではフェリクス様の方から私に会おうとしてくれていたから会えていたのだと。

逆に言えば、フェリクス様が私から距離を取った場合、私から会う手段がないのだ。

相手はこの国の王太子殿下である。

一子爵令嬢ごときが簡単に会える相手ではない。

学園としての正式な依頼であったセイゲル語授業の件も終わってしまった今、会うどころか顔を見る機会さえなかった。

 ……私が嫌がって泣いたと思われている以上、フェリクス様が私と距離を置くのは当然よね……。会いに来てくださることなんてきっとないわ……。

あの時ちゃんと誤解を解いていれば、と今になって深く後悔している。

今思えば私には甘えがあった。

次に会った時に上手く説明して誤解を解けばいいと心のどこかで思っていたのだ。

その「次」がないことなんてつゆほども思わずに。

フェリクス様が会いに来てくれることに慣れきってしまっていた私の怠慢だ。

いつの間にか私の日々にフェリクス様がいることが当たり前になってしまっていた。
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