平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
最初は息抜きの場所として、次第にシェイラを観察して楽しむ場所として、ここ数年よく足を運んでいたこの場所だが、シェイラと直接言葉を交わすようになったこの一年間はほぼ来ていない。

なぜなら、あの場所に行かなくても同じ効果をシェイラから得られるからだ。

つまりシェイラという存在自体が、僕が息抜きできる場所であり、楽しいと思う場所になっている。

「ああ、やっぱりここにいた。探したよ。生徒会長室にもいなかったから、ここかなぁとは思ったけどね」

シェイラの姿を認めるやいなや、切り株に座って一人で寛いでいる様子だったシェイラに僕はすぐに声を掛けた。

会議での様子を見る限りいつも通りだったが、やはり先日の急に距離を取るような態度になったことが気掛かりで、きちんと確認したかったのだ。

顔を覗き込むと、シェイラは恥じらうようにパッと目を逸らす。

うっすら頬に赤みが刺していて、僕に対して照れているように見えた。

 ……可愛い。抱きしめたい。

この時、こんな衝動に負けて僕は寒そうにしているシェイラを「温めてあげる」という口実で思わず抱きしめてしまった。

そんな唐突な言動がいけなかったのだろうか。

シェイラの柔らかい身体を腕の中に囲いながら、僕は会議での様子が素晴らしかったことを褒めた。

すると、次の瞬間、シェイラの澄んだ水色の瞳から涙が溢れ始めたのだ。

堰を切ったようにポロポロと瞼から筋を引いて涙がこぼれていく。

これには心臓が止まるかと思うほど驚いた。

嬉し涙というには無理がある表情を見て、「ああ嫌だったんだな」と悟ってしまった。

現に泣くほど僕に触れるのが嫌だったのかと問えば、シェイラは言葉を詰まらせた。

そして結局何も口にせず、唇をキュッと引き結んだだけだった。

 ……ああ、やっぱり心を許してくれなかった頃のシェイラに戻ったみたいだ。

ずっとシェイラが僕に嫌われようとして色々仕掛けてきていたのは知っていた。

だけど、まさか泣くほど苦しんでいるのだとは思わなかった。

いや、思いたくなかっただけだ。

それを認めてしまえばシェイラと関われなくなってしまうのだから。

「誤解だ」「違う」などなにか一言でも否定する言葉をくれないかと期待したが、シェイラは黙ってただ涙を流すだけだった。

その表情は何かに耐えるような苦しげなもので、それほど自分がシェイラに無理をさせていたのだと実感した。

そんな出来事があったのだから、たとえシェイラに会いたくても会いに行けるはずがない。

それはシェイラを苦しめる行為なわけで、苦しめるのは僕の本意ではないからだ。

 ……どう足掻いてもシェイラの心は手に入らないんだな。

その事実には打ちのめされた。
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