平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
無敵王子と呼ばれることもある僕は、生まれながらにして多くのことに恵まれ、これまでなんでも労せず手に入れることができた。

王族という立場ゆえに大抵の物は得られるし、集中して鍛錬を積めば剣の腕も人並み以上になれたし、大概のものはサッと本に目を通せば理解できたのだ。

さほど努力せずとも何でも手に入れてきた自負があるが、本当に欲しいものが手に入らないとは皮肉なものだ。

 ……これからどうすればいいんだろう……? 僕が近づけば近づくほど苦しめてしまうのなら、諦めるしかない?

でも諦め方が分からない。

人は欲しいと思ったものが手に入らなかった時、どうやって気持ちの折り合いをつけるのだろうか。

シェイラへの想いに整理がつくとは思えないし、放っておいたら消えるとも思えない。

他の誰かに心変わりするなんてことこそ絶対ないだろう。

 ……じゃあ一体どうしたら……?

ただでさえここ数週間シェイラの顔を見れなくて心が荒んでいるというのに、答えの出ない問いに頭がおかしくなりそうだ。

書類に視線を落としながら、つい盛大な溜息を吐いてしまった。

じとっとした眼差しのリオネルの目がこちらに向く。

その時だ。

いきなり執務室の扉がバンとうるさく開け放たれ、予想外の人物が中に飛び込んできた。

僕の執務室に来ることなど初めてではないだろうか。

ウェーブのかかった豊かな髪を振り乱し、その人物は脇目も振らず僕のデスクまで来ると、ドンっと机に手をついた。

「ちょっとどうなっているのか説明してくださるかしら?」

「マルグリット、ノックもなしに入ってくるなんて無作法じゃないか」

「あら? 以前同じことをどなたかがされていたと記憶していますが? わたくしは真似しただけですわよ?」

ハンッと鼻で笑いながらマルグリットは挑戦的な目を投げかけてくる。

確かに以前僕がノックなしに生徒会長へ押し掛けたことがあったが、それも随分と前の話だ。

それを今になって持ち出してくるとは、やはりマルグリットは底意地が悪い。

 ……それにしても何の用だ? マルグリットがわざわざ王城の執務室まで訪ねてくるなんて。

なにかしら重要な用件があるのだろうことは態度から察せられた。

なにしろこの部屋の中にリオネルがいるというのに、そちらをチラリとも見ようとしない。

そのことからマルグリットの本気度が窺える。

真っ直ぐに僕を見据える目が不満と怒りを帯びていた。
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