平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
◇◇◇

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

店内に入ると、小綺麗な制服に身を包んだ店員が笑顔で迎えてくれる。

以前来た時は貸切で非常に静かだったが、今日は数人のお客様がすでにいて、店内で店員と商談をしたりしている。

「いえ、特に決めていないので、少し見て回りたいのだけれどよろしいかしら?」

「もちろんでございます。ご用命があればお声掛けください」

出迎えてくれた店員から離れ、私はエバと店内にあるショーケースの方へ向かった。

ざっと見た感じこの前来た時よりもさらに商品数が増えている気がする。

さすがだなぁと感心していると、エバが足を止め探るような目を私に向けて来た。

「ここはマクシム商会、ですね。お嬢様もしかして知って……」

「アイゼヘルム子爵令嬢、ご無沙汰しております。当マクシム商会への再度のご来店誠にありがとうございます」

エバが口を開いたちょうどその時、私たちの元へ一人の男性が歩み寄って来たことでエバの声は遮られた。

「マクシム商会長、お久しぶりです」

「ア、アイザック坊ちゃま……!」

男性に向けて放たれた私とエバの声が重なる。

エバは商会長を見て目を丸くし、親しげな呼び名を口にした。

母が実家から連れて来たメイドであるエバは、商会長を知っているようだ。

マクシム商会長が母の元恋人であることは以前からほぼ間違いないとは思っていたが、エバの反応で私はその確信を深めた。

「エバさん、数十年ぶりですね。もう坊ちゃまはやめてください。私も良い歳ですので」

「歳を重ねようとも私の中であなたはいつまでもアイザック坊ちゃまですよ。……それにしても驚きましたね。お嬢様、アイザック坊ちゃまと面識がおありなんですか? それに……」

「店内で立ち話もなんですし、場所を移しましょう。普段商談用に使用している応接室へご案内しますよ」

エバからの問いに答えようとしたところで、商会長がスッと言葉を挟み私たちを三階へ案内してくれる。

確かに少々私的すぎる話のため、場所を変えた方が良さそうだ。

通された応接室でソファーに腰を下ろすと、まず私はエバに向かって商会長とはフェリクス様と視察に来た時に会ったという経緯を説明した。

「それにマクシム商会長と母の関係も知っているわ。……マクシム商会長、あなたは私の母とは幼馴染であり、結婚を約束した恋人だったのですね?」
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