平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
この前フェリクス様と来た時には聞けなかった問いを、私は商会長本人へ投げかけた。

商会長から聞いて欲しそうな雰囲気を感じたからだ。

私の問いに商会長は大きく頷き、懐かしい過去を思い返すようなしみじみとした表情を浮かべる。

「ええ、その通りです。先日貴女(あなた)に初めてお会いした時は本当に驚きました。オリミナにとてもよく似てらしたので」

「お嬢様は本当にオリミナ様の生き写しのようですからね。アイザック坊ちゃまもさぞ驚かれたことでしょうね」

「エバさんが側にいると余計にオリミナだと錯覚しそうですね」

「坊ちゃま、いくら似ているとはいえ、お嬢様にお手出しは許しませんよ」

「はは。そんな命知らずなことはいたしませんよ。……あの方を敵に回したくはありませんからね」

商会長とエバは昔馴染みらしい軽口で応酬を繰り広げている。

昔はこんな感じのやりとりを母も交えてよくしていたのだろうなぁと思わせる光景だった。

「あの、もしよろしければ昔の母のことを聞かせてもらえませんか? 私は子爵夫人としての母しか知りませんので」

「私は構いませんが。エバさん、よろしいですか?」

「よろしいですよ。お嬢様ももう成人ですからね。お母様の昔の恋を知っても教育上良くないということもないでしょう。では積もる話もあるでしょうから私は席を外させてもらいます。お二人でゆっくりお話になってくださいな」

そう言ってエバは応接室を出て行き、その場は私と商会長だけになる。

商会長は昔を懐かしむようにポツリポツリと母との思い出を話してくれた。

幼馴染だった二人は、物心ついた時から遊びも勉強もいつも一緒だったそうだ。

どちらも商家の生まれだったため、接客や買付の方法など家業に関する学びも切磋琢磨し合っていたらしい。

母はその美貌から店の看板娘として大変な人気を誇り、売り上げにも大きな貢献をしていたという。

「――そんなオリミナを見初めたのが貴女のお父上です。それは私たちの別離を意味していました。……こんなことを貴女に言うのもなんですが、私は当時相当に荒れましてね。商会の跡取りに過ぎないただの平民では抗う力もありませんでした」

「……母も不本意な結婚に苦しんだと思います。本当はマクシム商会長との結婚を夢見ていたはずです。よく母が口にしていたんです。身分違いの結婚は不幸なだけ、身の丈に合った結婚をしなさいと」

「そうですか。私は結局結婚はせず今も独身ですが、その代わり仕事の方は成功を収められたと自負しております。オリミナと話していたセイゲルの品々を仕入れてこの国で売りたいという野望も実現できました。オリミナが早逝したため見せてやれなかったことは悔やまれますが、代わりに彼女の娘である貴女が来店してくださって嬉しく思っていますよ」

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