平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
商会長の顔に悲壮感はない。

恋人との別離という辛い経験をバネに信念に向かって突き進んできた商会長の精神力の強さを感じた。

 ……私もこんな精神力の強さが欲しいわ。そうすれば今こんなに悶々と悩んでいないのに。

話しながらつい今の自分の不甲斐なさに思い至り、無意識に視線が下がる。

普段から商人として老若男女様々な階級の人々に接している商会長はそんな私の様子に目敏く気付いた。

「何かお悩みですか?」

「……いえ、大したことでは」

「違ったら申し訳ありませんが、もしかしてフェリクス殿下とのご関係でお悩みだったりしませんか?」

「………!!」

図星を突かれて驚いた私は思わずパッと顔を上げ、商会長の顔をマジマジと見てしまう。

フェリクス様のことは一言も口にしていないのになぜ言い当てられたのだろうか。

「すみません、驚かせてしまいましたね。貴女が気に入っていると前にお話になっていたサンキャッチャー、贈り主はフェリクス殿下ですよね? 実はあれは私が殿下におすすめした物なのですよ」

「そ、そうだったんですか」

「贈り物の件もそうですし、視察に来られた時の雰囲気などから、お二人は親しい間柄なのだろうなとは察しておりました。特に殿下の方が貴女にご執心のようにお見受けしますね。殿下から熱心に口説かれて困っているのですか?」

「いえ、そういうことでは……」

言葉を濁しつつも、私はなんだか商会長に話を聞いてもらいたい気分になってくる。

年上で人生経験が豊富な大人であり、なおかつ母の元恋人という点で信頼できると感じたのだ。

「……その、実は恐れ多いのですが、私はフェリクス様を想っていることに最近自覚したのです。でもフェリクス様は王族で、私とは身分が違います。未来がないのです。なのでこの気持ちを今後どうしていけば良いのか分からなくて悩んでいました」

「なるほど、身分差に悩まれているのですね」

「はい。母も平民から子爵家へ嫁入りして大変な苦労をしていました。その実体験から身の丈に合った結婚の重要性をいつも語っていたんです。母の姿を知っているだけに、私にはフェリクス様へ自分の想いを伝える勇気も覚悟もなく……」

「オリミナの教えを非常に重く受け止めてらっしゃるのですね。ただ、今お話を聞いた限り、抜けている要素があるように感じました。……少々お待ちくださいね」

そう言っておもむろに席を立った商会長は、一度応接室を出て行くと、一通の手紙を手に再び戻って来た。

そしてその手紙を私へと差し出す。

「……これは?」

「オリミナから私へ宛てた手紙です。彼女の結婚後、貴女が生まれた頃に一度だけ送られてきました。良かったらご覧ください」
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