平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
フェリクス様の荒ぶる拳に手を重ねたい、そう思うも未だに手は拘束されたままだ。

「あの、フェリクス様。私の手を縛っているロープを解いてもらえませんか?」

「ロープ? 拘束されていたの!?」

どうやらフェリクス様は私の胸元がはだけていたことへの怒りと衝撃があまりに大きかったらしく、背中の後ろの手には意識が向いていなかったようだ。

目を丸くすると、急いで手を解放してくれる。

「……酷いな。白くて綺麗な肌に痕が残ってる」

フェリクス様は痛ましそうに顔を歪めると、縛られた痕が赤く残る部分をなぞるように指を這わせた。

「痛くない?」

「……あの、痛くはないです! 大丈夫です! それよりフェリクス様はなぜここに? 私がいなくなったことが騒ぎになっているのですか? それにどうして場所が分かったんですか?」

指で触れられた部分は、痛いどころかくすぐったいし、なんだか妙な感じがしてソワソワした。

その指先の動きに耐えられなくなり、急いで別の話題を持ち出す。

フェリクス様がここへ姿を現した時からずっと気になっていたことだ。

これまでの話しぶりからして、依頼主の正体までフェリクス様は把握していそうな感じだった。

「安心して。この件は騒ぎになっていないし、僕の部下の中でもごく一部の者しか知らない。シェイラが誘拐されて傷物になったと噂が立つ心配はないからね」

貴族社会では、令嬢が誘拐された場合その時に手をつけられただろうと見なされて、事実の有無は関係なく傷物扱いされるのが常だった。

そういった不名誉な噂が立つと婚姻に響く。

だから誘拐事案は極力隠すのが貴族の常識だった。

その点を私が憂悩していると思ったらしいフェリクス様はまず騒ぎになっていない旨を優しく言い聞かせてくれる。

 ……実は、私としてはそれならそれで不本意な婚姻を避けられるから別に構わないのよね。でも私に不名誉な噂が立たないよう配慮してくれるフェリクス様の気持ちが嬉しいわ。

騒ぎになっているか気になったのは、急にいなくなってエバやマクシム商会長に心配をかけているのではと気掛かりだったからだ。

でもどうやら大丈夫そうであり、少しホッとする。

「この場所が分かったのは、実行犯であるアイツらと主犯の関係を以前から探っていたからだよ。今日動きがあったと報告を受けて、急いで駆けつけてたんだ」

「主犯……あの男達が口にしていた依頼主、のことですね」

「ああ、そうだよ。シェイラに歪んだ感情を一方的に募らせていたみたい」

「そうなんですか。その方って……」

「ストラーテン侯爵令嬢のカトリーヌ嬢。彼女が今回の主犯だよ」
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