平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
告げられた名前に私は愕然とする。

確かに良く思われているとは考えていなかったが、まさか目障りだからという理由で男に襲わせるほど私へ負の感情を募らせているとは思いもしなかった。

 ……ああ、そうか。あの代理人だという女性、どこかで見たことあると思ったらカトリーヌ様のメイドだったんだわ。学園の寮でチラリと見かけたことがあったわね。

現場にいた女性とカトリーヌ様が結び付いたことでフェリクス様の言葉が事実なのだと実感する。

カトリーヌ様とは同じクラスだが、個人的に親交があるかと言えばないに等しい。

私にとってギルバート様を奪ってくれた救世主であり、私よりもフェリクス様に相応しく嫉妬を抱いてしまう相手だ。

それ以上でもそれ以下でもないのだが、顔見知りのクラスメイトに知らぬ間にこれほど悪意を持たれていたことに恐怖を感じずにはいられなかった。

「……まさかカトリーヌ様にこんなにも忌み嫌われていたなんて……」

「シェイラは悪くない。カトリーヌ嬢が勝手にシェイラを目の敵にしていただけだから。彼女の言動は危うい感じだったからね、僕も動向に注視するようにしてたんだけど」

「動向に注視、ですか?」

「もしかしたらシェイラも噂を耳にしたかもしれないけど、カトリーヌ嬢はどうやら僕へ好意を抱いていたらしくてね。王城でも待ち伏せされた上に所構わず言い寄られて困ってたんだ。ただ、シェイラに対して良からぬことを企んでそうだったから、あえて追い払わず油断させて様子見していた」

「えっ。私のために、ですか? カトリーヌ様に心惹かれていたからではなく……?」

つまり王城で目撃した時もフェリクス様はあえて笑顔でカトリーヌ様に応対していたということだろうか。

噂にもなっていたため、仲睦まじく逢瀬を重ねていると思い込んでいた私は予想外の言葉に目を瞬いた。

「シェイラのためでなかったら、とっくに追い払うか不敬罪にしているよ」

「そう、だったんですか」

「なに? もしかして僕がカトリーヌ嬢と仲良くしていると思って嫉妬してくれてた?」

「………っ!」

ズバリ言い当てられてしまい、甚だ決まりが悪い。

そんな感情を抱いていた自分を知られるのが恥ずかしくて、顔が真っ赤になる。

「あーー本当にシェイラは可愛いなぁ」

そう言ってフェリクス様は破顔する。

そして堪らないと言わんばかりに私を抱き寄せようと手を伸ばしたところで、はたと何かに気付き動きを止めた。

行き場を失った手がそのまま下に降ろされる。
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