平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「……シェイラ、僕は君に触れてもいいの?」

「えっ……?」

「この前、抱きしめた時は泣かせてしまったから。僕のことを嫌っているからだと思ったけど、今のシェイラは僕とカトリーヌ嬢の様子に嫉妬したり、まるで僕のことが好きみたいだ。だから正直シェイラの気持ちがよく分からないと思ってる」

「それは……」

「僕はシェイラのことを愛してるよ。見た目に反して頑固なところも、折れない意志の強さも、目的のためなら策略を巡らすところも、お母上を想う優しいところも、全部ね」  

熱い眼差しで見つめられ、胸がドキドキする。

今までも「好き」という言葉は軽い感じで何度か言われたことがあったが、こんな真剣に好意を伝えられたのは初めてだ。

しかも外見以外の部分を挙げられた上に「愛してる」と最上位の愛情表現を告げられて嬉しくないわけがない。


「フェリクス様……」

「シェイラは僕のことどう思ってるの? 色仕掛けをして嫌われようとしていた時から変わってない?」

ああ、全部フェリクス様にはお見通しだったのだとそう言われて気がついた。

私の望む穏やかな生活を手に入れるために、フェリクス様に嫌われようと必死にあれこれ仕掛けていたことはバレバレだったようだ。

 ……分かった上でフェリクス様は私に付き合ってくれていたのね。道理で逆に翻弄されたわけだわ。

真意を見抜いた相手の前で、慣れない色仕掛けに奮闘していたのかと思うと、なんだか自分が滑稽でまたしても恥ずかしくなってくる。

もうなんだか丸裸にされた気分で、これ以上何かを隠しても無駄な気がした。

 ……これだけ丸裸になっているのだから、今更私の気持ちを隠してもしょうがないじゃない。それに距離があいてしまった時、ちゃんと誤解を解いていればと私は後悔したはずよ。自分の口で自分の思いをきちんと伝える、それが大事だわ。「次」があると期待するのは愚かだって実感したもの。

まるで自分に言い聞かせるような言葉が頭の中で巡る。

それと同時に母の手紙の一節も蘇ってきた。

――愛する人の存在があればきっとどんな苦労も乗り越えられるとも感じているの。他ならぬ娘がそう私に教えてくれたわ。

そう、もう身の丈に合った平穏な暮らしなんてどうでもいい。

それ以上にフェリクス様が好きで、フェリクス様と一緒にいたいと今の私は思っているのだ。

愛する人のためなら苦労も努力もできる。

母がそうだったように、きっと私も。

 ……だって私はお母様の娘だもの……!

今までフェリクス様への想いに対して勇気も覚悟も持てなかった私の心が変わった瞬間だった。
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