平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
ちなみにフェリクス様から後で聞いたのだが、あの直前にマルグリット様が「シェイラを悲しませるな」と突然王城へ怒鳴り込んできたらしい。

「喝を入れてもらったよ」と語るフェリクス様の様子から大変激しい舌戦が繰り広げられたことが窺えた。

 ……マルグリット様にも御礼を伝えなくてはね。私を心配してフェリクス様に会いに行ってくださったんだろうから。

気高く美しいマルグリット様が笑顔ながらも辛辣な口調でフェリクス様に迫る姿を想像し、私はついふふっと小さく笑いを漏らした。

◇◇◇

学園内にあるダンスホールは、さすが学園生活の最後を飾る舞踏会というだけあって、非常に華やかな場だった。

気合いを入れた令嬢達が纏うドレスが色彩豊かで、まるで色とりどりの華が咲いているようだ。

学生だけでなく保護者の出席も目立つ。

卒業と成人を祝う場であるため、誰も彼もが明るい笑顔を浮かべている。

そんな中、場違いに憮然とした顔をした二人が目に飛び込んできた。

ギルバート様とカトリーヌ様だ。

二人はパートナーとして出席しているものの、傍目から見ても空気が冷え切っている。

相手を見ようともせずお互いから視線を逸らす様子は、義務感から一緒にいるが本当は嫌だという本音が丸分かりだった。

遠巻きに見ていたら、ふいにカトリーヌ様と視線がぶつかる。

途端にカトリーヌ様の瞳には憎悪が浮かび、私を刺し貫くほど()めつけてきた。

未遂で済んだものの、私への非道な行いを仕組んだ張本人だ。

カトリーヌ様はおそらく自分の計画が上手くいかなかったことを知っているのだろう。

見届け人であったメイドが捕縛されているのだから、彼女が戻って来なかった時点で察していると思う。

だからこそ、作戦失敗でさらに憤慨して、こんなふうに私を睨んでくるのだ。

私はその眼差しをただ無言で見つめ返した。

フェリクス様に任せた以上、私が勝手に動くわけにはいかない。

「……お父様、私はあちらで少し休憩してきますね」

カトリーヌ様との無言の応酬は私の精神を少なからず消耗させ、私は父に断りを入れてその場を離れた。

やはり人からあのような激しい悪意を向けられるのは分かっていても辛いものがある。

飲み物スペースから葡萄ジュースのグラスを手に取り、私は少し風に当たろうとバルコニーの方へ向かった。

だが、これは失敗だった。
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