平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「シェイラ嬢、一曲お相手願えませんか?」

「いえいえ、ぜひ私と踊って頂けませんか?」

「いや、俺とだ! 俺と踊ろう!」

「僕ともお願いします!」


父から離れて一人になった途端、多くの男性に囲まれてしまったのだ。

皆が口々にダンスを申し込んでくる。

パートナーが婚約者や恋人であったのならば、これほど熱心に声を掛けられることはなかったはずだが、私のパートナーが父だからだろう。

 ……困ったわ。少し風に当たるだけのつもりだったのに。それに誰とも踊るつもりはないのだけれど。

この場でダンスを共にすれば、その気があると相手に期待させてしまうことになる。

パーティー後に縁談が進むことになりかねない。

フェリクス様と今後どうなっていくのかはまだ話し合えていないが、私の心がフェリクス様にある以上、他の男性と踊るようなことはしたくなかった。

ダンスを申し込んでくれている男性は、私よりも家格が上の方ばかりだ。

どうすれば角を立てずに断れるか私は思案する。

ちょうどその時、ダンスホールの入り口辺りが突如ザワザワとし始めた。

何事かと男性達の意識がそちらへ逸れ、私も騒ぎのする方へ目を向ける。

するとそこには圧倒的な存在感で周囲の注目を集める一組の男女が会場へ現れたところだった。

言わずもがな、フェリクス様とマルグリット様である。

「フェリクス殿下よ!」

「実物を初めて目にしたわ! 素敵ね!」

「なんだか雰囲気が変わられた? とてもお幸せそうなオーラを感じるわ」

「きっとマルグリット様とご結婚が近いのよ!」

ちょうど音楽の切れ目だったこともあり、瞬く間に二人の周囲に人集(ひとだか)りができる。

挨拶して顔を覚えられたい者、なんとか誼を結びたい者、この機会に取り入りたい者など、野心に燃える目をした人々が二人を取り囲んだ。

「フェリクス殿下、ぜひうちの息子を側近に加えてください。必ずやお役に立ちます」

「うちの娘はぜひ王太子妃になられるマルグリット様の侍女にお引き立てください!」

「お二方のご結婚の折には、ぜひ我が侯爵家が出資しているドレスショップをご利用くださいませ!」

「新婚旅行の際にはリゾート地としても名高い我が領地へお越しになりませんか?」

マルグリット様の卒業と成人を機に、お二人は結婚するのだろうと信じて疑わない貴族達は、その前提で次々に提案や要望を口にする。

口を挟まず静かに佇んでいた二人だったが、ふいにフェリクス様が軽く手を上げ、皆を黙らせた。
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