平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「なっ……。ご、誤解ですわ、フェリクス様! わたくしは何も知りません。きっとそこの女が嘘を吐いているに決まっていますわ!」

いきなり名指しされて疑いの目を向けられたカトリーヌ様は、一瞬だけ怯みながらも、負けじと強気で私を睨み付けてくる。

「この期に及んで見苦しいね。それに僕はカトリーヌ嬢に一度も名前で呼ぶ許可を出した覚えはないのだけど? 馴れ馴れしく呼ぶのはやめてくれるかな」

「そ、そんな……! フェリクス様はその女に騙されているのですわ! 王太子殿下ともあろうお方がちょっと顔が良いだけの中身の空っぽな子爵令嬢ごときに惑わされてはなりませんわ!」

「……聞くに耐えないな。それ以上シェイラを貶める発言は僕が許さないよ」

その瞬間、フェリクス様から凍りつくような殺気が放たれて、辺りが恐怖に震える。

冷え切ったコバルトブルーの瞳を向けられたカトリーヌ様も目を見開いてゴクリと唾を呑み込んだ。

「それにカトリーヌ嬢がどう喚こうが証拠は揃ってる。ほらね?」

フェリクス様が提示したのは、捕まえた裏社会の者達やカトリーヌ様の代理人だったメイドの証言、依頼の指示書、そしてカトリーヌ様のサイン入りの小切手だった。

完璧とも言える証拠の数々にもはや誰の目にもカトリーヌ様の関与は明らかだ。

「では、ストラーテン侯爵令嬢・カトリーヌに処罰を言い渡す。以後シェイラとの接触を禁じるため王都から追放、そして貴族としての矜持を取り戻すことを願い辺境地の修道院での奉仕活動を命ずる」

「そんな……うそでしょう……」

これだけの証拠が揃えば言い逃れはもはや不可能だと悟ったのかカトリーヌ様は顔面蒼白になり崩れ落ちる。

ヘタリと座り込んだまま自身の身体を抱きしめるような体勢になり、カタカタと震え出した。

ほどなくして衛兵がその場に現れ、そんなカトリーヌ様の身柄を確保する。

そのまま会場から連れ出すようだ。

魂が抜けたような表情で「うそでしょう……?」とうわ言のように呟いている姿が、私の見たカトリーヌ様の最後となった。


目の前で繰り広げられた一連の断罪に、会場内の騒めきは今や最高潮に達している。

王太子殿下の結婚宣言から始まり、その殿下が愛する人と述べる子爵令嬢の登場、婚約者筆頭だった公爵令嬢の応援宣言、そして極め付けは侯爵令嬢が犯した悪事の暴露と処罰だ。

ダンスどころではなく、皆が皆近くの者と顔を見合わせ、口々にひそひそと話し出し、その場は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
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