平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「皆も知っての通り、セイゲル共和国は今非常に勢いのある国であり、その経済力や成長力は決して無視できない。僕自身が彼の国に留学した経験があり、人脈もあることから、今後セイゲル共和国との外交には力を入れていく考えだ」

この一言で今日何度目かの騒めきが会場を駆け抜けた。

王城でも大臣職に就いている者にしか話されることはないであろう外交方針を王太子殿下の口から直接教えられ、人々の顔には興奮と戸惑いが浮かんでいる。

中には野心的な目をして「どう関わってやろうか」とすでに思案を始めている者までいるようだ。

「そのため、来期から開講するセイゲル語の授業は在学生のみならず、特別に卒業生にも聴講を許可することにした。ぜひ我が国を支える皆には励んで欲しいと思っている」

にこやかに笑いながらセイゲル語の習得を推奨するフェリクス様の言葉を受け皆が理解した。

今後はセイゲル語を使える人材が重宝され、出世への近道なのだと。

「ああ、せっかくだからこの機会にお手本を見せてあげるよ。しっかり授業で学べばこんな感じになれるからね?」

ふっと放っていた威厳を緩めて、親しげな口調で皆に話しかけたフェリクス様の瞳にはどこか楽しげな光が宿っている。

それを目にしてなんだか嫌な予感がしたのはきっと私だけだっただろう。

 ……こういう目をしたフェリクス様って、私を驚かす行動に出ることが多いのよね……。

今までの経験から何かが降りかかって来そうだとつい警戒してしまう私だったが、その予感は正しかった。

『シェイラ、見本にセイゲル語で僕と会話してくれる?』

『会話って……こんな人前で何を話すのですか?』

『僕たちの今後について。この前は慌ただしく王城に戻ってしまったからね。皆の前で宣言した通り、僕はシェイラとしか結婚は考えられない。先に宣言して逃げ場を無くした上で告げるのはズルイ行為だとは分かっているけど、それくらいシェイラを逃したくないんだ。……シェイラ、僕と結婚してくれる?」

セイゲル語の見本を振られることまでは予想の範疇だったが、なんとフェリクス様はそれだけに留まらず、私へ求婚の言葉を告げてきたのだ。

こんなにも大勢の人の前で。

 ……嘘でしょう……!? でもフェリクス様らしいというかなんというか。

いつも軽々と私の想像の上をいき、鮮やかに私を翻弄するフェリクス様に、思わず笑み崩れてしまう。

『はい。喜んで……!』

『シェイラ……! あーー可愛い。どうしよう、今すぐ王城に連れて帰りたい!』

私は口元を綻ばせながら、フェリクス様にセイゲル語で返事を返す。

破顔したフェリクス様はぐっと私の腰に添える腕に力を入れ、たぶん抱きしめようとしたようだったが、さすがに人前では自重したらしい。

ちょっとだけそれを残念に思う私はいつの間にかフェリクス様に相当染められているのではないだろうか。

私たちは抱きしめ合う代わりに見つめ合い、瞳と瞳で溢れ出す気持ちを伝え合ったのだった。
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