平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
フェリクス様に集中していた陛下と王妃様の視線もそれに合わせて私へ向けられた。

 ……か、覚悟はしていたけれど、これは相当精神が磨耗するわ……。

私は震え上がりながらも、なけなしの根性でなんとか背筋をピンと伸ばす。

「こちらのアイゼヘルム子爵令嬢と結婚すると宣言したそうだな?」

「ええ、その通りです。僕はシェイラ以外とは結婚しません」

「分かっているのか? 王太子の伴侶として子爵家では家格に劣る。今まで前例もない。公爵家や侯爵家の令嬢を妃として迎えれば、妃の実家から様々な支援や援助が望めるため、やがて国王となるお前の治世の際にも心強い存在となるのだぞ?」

陛下はフェリクス様に言い聞かせるようにもっともなことを口にした。

私もその通りだと思う。

フェリクス様への想いだけで求婚を受けてしまったが、本当に良かったのだろうかとわずかに心に迷いが生まれる。

 ……私のような下級貴族ではお役に立てないもの。フェリクス様はやっぱりご自身の身分に合った令嬢と結婚される方がいいのではないかしら……。

そんな思いが芽生えてきて、無意識に視線が下がってしまった。

それに気がついたのか、すかさず隣にいるフェリクス様が私の手を握った。

重なる温かさがまるで「大丈夫」と告げているようだ。

フェリクス様は私の手を握ったまま、真っ直ぐに陛下を見据えて堂々と口を開く。

「分かっていますよ。でも僕はシェイラを諦めるつもりはありません。彼女と結婚したいのです。それに僕は妻の実家からの支援なんてもともと当てにしていませんしね。ないのならないで他から得ればいいだけです」

「簡単に言うが、そう容易なことではないのだがな」

「大丈夫です。僕は幸いにして無敵王子と呼ばれるくらい優秀ですからね。自分の能力でなんとかしてみせますよ。父上も僕の手腕は認めてくださっているではないですか」

自信満々にそう言い放ったフェリクス様に、さすがの陛下も口を閉ざした。

王妃様共々、自身の息子の様子にやや呆れるような顔をしている。

普通だったら自信過剰にも程がある台詞なのだが、口にしているのがフェリクス様なのだから誰も何も言えないのだろう。

フェリクス様にはそれを有言実行してしまえるだけの実力があるのだ。

「ということで僕はシェイラと結婚します。仮に父上や母上がこの結婚を反対してももう手遅れですから」

「ん? 手遅れ? なぜだ……?」

「シェイラのことが愛しすぎて僕は我慢できなかったのです。だからシェイラはすでに……」

そんな謎めいた発言をすると同時に、フェリクス様はなぜか私のお腹に慈愛に満ちた目を向けた。
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