平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
そんな感想が浮かぶも、よく考えればその方法だと私は断っていた可能性が高い。

衆人環境で断りづらかったからこそ、今私はこの場にいるのだろう。

 ……もしかしてそれも予め考慮して、わざわざ教室まで来られたのかしら? ううん、まさかね。きっと気のせいだわ。これは王太子殿下のただの気まぐれよね……!

もし計算されていたのだとしたらと考えると身震いする。

そこまで王太子殿下に興味を持たれる理由が分からない。

独り言の盗み聞きだけでは説明がつかないように思う。

 ……厄介な事になったけれど、無難に昼食をご一緒して穏便に終わらせるしかないわ!

「じゃあ頂こうか。好きなだけ食べてね」

テーブルを挟んで向かい合わせに座った私たちは、王太子殿下のその一声により、食事を始める。

サンドウィッチとスープが中心のメニューだ。

王族が召し上がる食事を口にする機会なんて二度とないだろうから、この際遠慮なく賞味させてもらうことにした私は、次々に色んなサンドウィッチを味わう。

高級な食材を使っているからか、料理人の腕が良いからなのか、どれもこれも頬っぺたが落ちそうなくらい美味しい。

特にこのローストビーフがメインとなったサンドウィッチが最高だ。

クリームチーズとレタスとの組み合わせが絶妙でいくつでも食べられそうだった。

あまりの美味しさに、目の前に王太子殿下がいたことを私は半ば忘れ去っていた。

「……ふっ、ふふふ」

それを思い出したのは、耐えかねたような忍び笑いが鼓膜を震わせたからだ。

ぱっと顔を上げて目の前を見れば、王太子殿下が喉の奥で押し殺すように笑っていた。

「あの……?」

「いや、ごめんごめん。ちょっと面白くて。君は本当にローストビーフが好きなんだね」

「え? あ、はい。とても美味しいですので」

「そう、気に入ってもらえたようで良かった。……ふふっ」

普通に食事をしていただけなのに、どこに面白い要素があったのだろうか。

王太子殿下の笑いのツボが謎すぎる。

やっぱりこの王太子殿下はよく分からない。

「そういえば前から聞きたかったんだけど、君はなんでセイゲル語を勉強しようと思ったの? 貴族令嬢では珍しいよね」

「それは……」

一通り笑い終わった王太子殿下は、息を整えるために水を一口飲むと、話題を切り替え今度は割と真面目な質問を投げかけてきた。

その問いに一瞬言葉が詰まる。

亡き母にまつわることは親しくもない王太子殿下に話したくないと思ったからだ。
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