平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「……その、たまたまセイゲル語の参考書を手にする機会がありまして。それで特にこれといった理由はないのですが、なんとなく面白そうかなと思い、軽い気持ちで始めました」

結局、母の夢や遺品であることには言及せずに答えた。

でも嘘はついていない。

なんとなく始めたというのは事実だ。

「へぇ、そうなんだ。軽い気持ちで始めたにしては続いたんだね。僕はセイゲル共和国に留学するにあたって勉強したんだけど、結構大変だったな。文法が全く違うから文章を組み立てるのが難しいからね」

「分かります。私もそこは苦戦しました」

「やっぱり。セイゲル語学習者ならみんな同じ壁を感じるのかもね」

「あの、セイゲル共和国は商業国家として有名ですが、やはり珍しいものが多いのですか? 留学されていかがでしたか?」

語学で同じ苦労を経験したという多少の親近感を感じたこともあり、その流れで私はつい自分から王太子殿下に質問を口にしていた。

亡き母の夢がセイゲル共和国へ買い付けに行きたいというものだったゆえに、どのような物があるのか興味があったのだ。

「珍しいものは多かったよ。例えば海産物とかね。我が国は内陸部の国だから海がないけど、セイゲル共和国は大きな港があるから船を見るだけでも物珍しさは感じられるかな。あとガラス細工なんかも素晴らしかったよ」

話を少し聞くだけで、エーデワルド王国とは全く違う雰囲気の国であることが窺い知れる。

 ……お母様は、この海上での交易で栄える商業国家に行ってみたかったのね。確かに商人にとってはとても刺激的な国のようだわ。

実際に訪れたことがある人から話が聞けるのは貴重な機会だった。

母が抱いた夢への理解が深まり、なんだか嬉しくなった私はどうやら無意識に少し微笑んでいたらしい。

「……君が笑ってるところ初めて見たかも」

そうポツリと王太子殿下が漏らしたことで、マジマジと顔を覗き込まれていたことに気がつき、私はハッとして顔を引き締める。
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