平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「失礼いたしました」

「なんで謝るの? むしろもっと見せて欲しいんだけどな」

意味不明なことを述べられたので、私は無理やりニコリと笑って見せた。

だが、どうやらそれではお気に召さなかったらしい。

「まあ、今日のところはいいや」

諦めたようにそう短く述べた王太子殿下は突然話を変え、次にこんなことを言い始めた。

「ところでこうして一緒に食事をしたことだし、仲良くなったということで今後は君のことを名前で呼んでいいかな? もちろん僕のことも名前で呼んでくれて構わないよ」

仲良くなったつもりはないのですが……と心の中で思わずツッコミを入れてしまった。

それに王太子殿下を名前で呼ぶだなんて、周囲からあらぬ誤解をされそうで絶対に嫌だ。

「えっと……」

「いいよね、シェイラ? 僕のこともフェリクスと呼んで欲しいな」

口籠もっていたらいつの間にか許可を出した形になってしまっており、王太子殿下の形の良い唇が私の名前を紡ぐ。

 ……これ、他の令嬢たちに聞かれたら、絶対にまた嫉妬をされてしまうわ。

無敵王子として名高い別格の存在に、親しげに名前を呼び捨てにされるのだ。

下手したら国中の女性から殺意を抱かれても不思議ではない。

「あの、王太子殿下。一つお願いがあるのですが」

「なにかな? 名前で呼んでくれたら聞くよ?」

「……………フェリクス殿下。……お願いですから、本日のように教室へ来られるのは控えて頂けませんか? 騒ぎになりますし、人の目もありますので」

「分かった。シェイラが名前を呼んでくれたのに免じて約束するよ」

そう言ってフェリクス殿下は満足そうにニコリと笑った。


こうして私はなんとか無事に昼食を終え、王太子殿下の名前を口にすることと引き換えに教室への来訪を阻止することに成功したのであった。

だが、それが何の意味もない無駄な抵抗であることを私はまだ知らない。
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