平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
婚約破棄の噂は一気に上書きされ、王太子殿下の話題に塗り変わっている。

今や誰もが婚約破棄のことなど忘れ去ってしまったようだ。

 ……確かに婚約破棄のことなどみんなの記憶から消え去って欲しいと願ったけれど、これは違うわ。穏やかさのカケラもないもの……!

目の前の令嬢達に、愛想笑いを浮かべながらのらりくらりと対応していた私は心の中で盛大に嘆く。

「皆さん、シェイラ様を問い詰めるのはおやめになって。どうぞ落ち着きましょう?」

ちょうどその時、群がる令嬢達の輪に一際高い声が割って入った。

堂々たる態度で周囲を諌めたその主は、このクラスで一番身分の高い侯爵令嬢のカトリーヌ様だった。

カトリーヌ様はチラリと私に視線を送った後、令嬢達に向かって言い聞かせるように話す。

「少し考えれば分かるでしょう? あの聡明な王太子殿下が子爵令嬢ごときを相手になさるはずがないって。ただご用事があっただけよ」

うふふと笑いながらカトリーヌ様は実に自信たっぷりに悠々と語っている。

その言葉の節々には私への蔑みが滲んでいた。

だけど、当の本人である私は全然気にしていない。

フェリクス殿下との関係を変に邪推されたくない今、むしろこうしてあり得ないと否定してくれて助かる。

「わたくしには王太子殿下が訪ねて来られた理由に心当たりがあるの。ギルバート様がシェイラ様に愛想を尽かしてわたくしへ心変わりされた時にね、実は揉め事にならないようにと王太子殿下がご配慮して婚約破棄の証人になってくださったのよ。おそらくギルバート様への未練からシェイラ様がご不満にでも思っていらして揉め事になりそうなのではないかしら。それを対処するために王太子殿下はわざわざいらっしゃったのだと思うわ。つまりわたくしとギルバート様のためなのよ」

「まあ! そうでしたの⁉︎」
「それで王太子殿下が来られたのですね!」
「納得ですわ」

本当は全く違う――というか何が目的でフェリクス殿下が来たのか未だに不明だが、なるほど一理あると思ってしまう内容だった。

周囲の令嬢達も納得顔になってきている。
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