平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「それにね、王太子殿下がシェイラ様を相手になさるなんて万が一にもあり得ないのよ。皆さんも知っているでしょう? あの方のことを」

「そうでしたわ! 王太子殿下にはあの方がいらっしゃいますわね」
「ええ、正式にご婚約はされていなくとも、実質のご婚約者ですものね」
「フェリクス殿下とあの方はすべてにおいてお似合いですもの!」

このカトリーヌ様の一言で熱が冷めたように一気に令嬢達の興奮が鎮静化した。

私を囲んでいた令嬢達は、一人、また一人と輪から抜けていき、私はようやく解放される。

「うふふ。ですので、勘違いしないことね。身の程にあったお相手をお探しになった方がよろしくてよ?」

最後にカトリーヌ様は私に視線を留め、馬鹿にしたように嘲笑いながらそう告げると、自分の席へ戻って行った。

その場に取り残された私は思いがけない展開に少々呆気に取られつつも、ホッと胸を撫で下ろす。

 ……良かった。どうなることかと思ったけれど、カトリーヌ様のおかげでもうこれ以上、王太子殿下のことで私に何か言ってくる人はいなさそうね。

おそらくカトリーヌ様としては私を貶めたかったのだろうが、私にとっては救いの神だった。

婚約破棄もカトリーヌ様のおかげだし、本当にありがたい限りである。

 ……フェリクス殿下が教室に来る心配もないし、これで一安心ね。それにカトリーヌ様の言う通り、フェリクス殿下にはあの方がいらっしゃるんだもの。

そう思い、私はあの方の姿を思い浮かべる。

あの方とは、父親に宰相を持つこの国の筆頭公爵家のご令嬢マルグリッド様のことだ。

遠目に見かけたことがあるだけだが、落ち着いた雰囲気のとてもお美しい方だった。

現在生徒会長を務められており、この学園で誰よりも身分の高いご令嬢だ。

そしてマルグリット様こそがフェリクス殿下の婚約者候補の筆頭なのだ。

身分も、家柄も、年齢もすべてがお似合いのお二人であるため、貴族達の中ではお二人の結婚は暗黙の了解となっている。

 ……これまでのフェリクス殿下の言動は不可解この上ないけれど、マルグリット様がいらっしゃるのだから、これ以上私があれこれ考えるのはきっと杞憂ね。

そんなふうに現状を楽観視し、私は自席へと腰掛ける。

だが、この現状認識は甘かったらしい。

私がそれを思い知ったのは、それから数週間後のことだ。
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