平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
生徒ではない王族の僕が現れたことで、やはりと言うべきか、その場はちょっとした混乱が起きた。

僕を初めて目にする生徒も多かったらしく、目を見張っている。

だが、そんな彼女達以上に驚いていたのが彼女だ。

目をパチクリさせて僕を食い入るように見つめてくる。

そんな表情も新鮮で、思わず笑顔で手を振ってしまった。

教室の入り口までやって来た彼女を昼食に誘い、そのまま王族専用の部屋に向かって廊下を一緒に歩く。

人目を気にしている彼女は、やたら周囲をキョロキョロ見回して警戒していた。

早く人の目がないところに逃げ込みたいらしく、上品に歩きつつも足速だ。

焦る姿がなんだか可愛らしい。

王族専用の部屋に到着し、ようやく少し落ち着きを取り戻した彼女とともにテーブルを囲む。

昼食の誘いに乗ったのもおそらく本意ではなかったであろう彼女だったが、ひとたび食事を始め出すと、どこか吹っ切れたように無心で目の前の料理を楽しみだした。

なかでもローストビーフのサンドイッチへの食いつきがすごい。

――『あーもうお腹いっぱい! ローストビーフは本当に最高ね。いくらでも食べられるわ!』

以前盗み聞きしたセイゲル語での独り言を思い出す。

目の前の彼女はまさにその独り言通りの状態だ。

そう思うと腹の底から笑いがふつふつと湧き起こってきて、止められない。

「……ふっ、ふふふ」

笑いは必死で噛み殺していたのだが、最終的に口から漏れてしまい、それを聞き付けた彼女は心底不思議そうな顔を僕に向けた。

なぜ僕が笑っているのか理解できないという表情だ。

盗み聞きしていた内容を口にするのは憚られたため、僕は別の話題を彼女に振る。

セイゲル語を勉強しようと思った理由を尋ねてみた。

実はこれは彼女の存在を知った最初の頃から気になっていたことだ。

「……その、たまたまセイゲル語の参考書を手にする機会がありまして。それで特にこれといった理由はないのですが、なんとなく面白そうかなと思い、軽い気持ちで始めました」

ほんの一瞬だけ口籠った彼女が口にした理由はこうだ。

だが、これは嘘ではないもののすべてではないだろうと僕は直感的に感じた。

悪意はなさそうだが、何か誤魔化している節がある。

 ……まあ、避けるくらい嫌ってる相手に本音は話さないか。残念だなぁ。
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