平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
そんな私の様子を見て、何か思うところがあったのかマルグリット様は頬に手を当て、困ったように私を見つめる。

「まあ、でもフェリクスの気持ちも分からなくはないわ。あの男はあれでも王太子だし、見目も良いから、有象無象の女性が集まっちゃうのよね。そんな女性達から色仕掛けされたり、女の武器を全面に出して迫られるのが嫌だってよく嘆いているもの。その点、あなたってそうじゃないでしょう? だから興味を持たれたのよ」

「……それだけの理由でフェリクス殿下が私に興味を持たれるでしょうか?」

「持つわよ。わたくしには分かるわ。だってわたくしもあの男と似たような立場だもの。……リオネルもそうだったから。リオネルは公爵令嬢だからといってわたくしを特別扱いしないの。誰に対しても同じ態度なのよ」

もうここまでくるといくら察しの悪い私でも分かる。

マルグリット様はリオネル様に特別な好意を持っているのだろう。

 ……まさか公爵令嬢であるマルグリット様が伯爵子息のリオネル様に恋心を抱いているなんて思いもよらなかったわ。上級貴族と中級貴族という身分差があるもの、大変そうよね。それにリオネル様は実質の婚約者であるフェリクス殿下の側近でもあるし。……ん?

そこまで考えて私ははたと一度思考を止める。

今まで聞き流していたが、マルグリット様のこれまでの発言はどう考えてもフェリクス殿下を実質の婚約者だと認識しているものではない。

「あの、つかぬことをお伺いしてもよろしいですか?」

「なぁに? なんでも聞いてちょうだい?」

「先程から”あの男”と何度もおっしゃっているフェリクス殿下は、マルグリット様の実質のご婚約者でいらっしゃいますよね……?」

「ああ、そのことね。フフフッ」

その問いになぜかマルグリット様は悪戯が成功したかのように楽しそうに笑う。

そして二人の結婚は暗黙の了解だと思い込んでいる貴族達が聞いたら目を剥くであろう事実をあっさり打ち明けてくれた。

「実はね、わたくしとフェリクスはお互いにお互いのことを”絶対にない相手”だと思っているの。幼少期から家同士が近しい関係のただの腐れ縁なのよ」

「腐れ縁、なのですか?」

「ええ。だけれど、年回り的にも身分的にも最適な相手だし、周囲からはお似合いと見られているのも分かっているわ。だからわざと噂を否定せずに婚約を匂わせているの。婚約者筆頭と思われているうちは、わたくしにもフェリクスにも婚約者はあてがわれないでしょう? お互いにとってその方が都合が良いのよ」

マルグリット様はたとえ政略結婚だとしても「あの男だけはお断りよ」と実に嫌そうに顔を顰めている。

どうやらその言葉に嘘はなさそうだ。
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