平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
 ……また変なことに巻き込まれそうだわ。先程さすがだとフェリクス殿下のことを見直したのは早計だったわね……。

「シェイラ嬢はセイゲル語がとても流暢なんだよ。しかも独学で学んだらしくて。それであれば経験に基づく知見もあるだろうから、授業の開講に先駆けて授業内容を考えてもらうのはどうかな?」

「シェイラ、殿下のおっしゃることは本当なの? あなたセイゲル語が話せるの?」

私の内心などお構いなしにフェリクス殿下が自身の発言に対する理由を述べ、それを聞きマルグリット様が驚いたように私に問いかける。

セイゲル語を話せる事実は特に誰かに言ったことはないから意外そうな顔をされるのは無理からぬことだ。

「……はい、本当です。日常会話程度でしたら話せます」

「日常会話どころか仕事でも十分使えるレベルだと思うけどね? ……ということで、せっかくセイゲル語を実際に習得した彼女がここにいるのだから協力を得ない手はないと思うんだ。彼女も今年で卒業だから、今年中に授業内容を検討して教師を決め、来年から学園で授業を提供できるように進めるのがいいと僕は考えるんだけど、みんなはどう思う?」

私が事実を認めると、満足そうに頷いたフェリクス殿下は、その有能さを発揮して、さっさと結論をまとめ始めた。

フェリクス殿下の説得力と人を惹きつける力を前にして、その場にいるみんなは諸手を挙げて賛成を口にする。

唯一マルグリット様だけは困ったように眉を下げ私を見ていた。

「ではみんなの賛同も得たことだし、この件はこれで可決で。シェイラ嬢、よろしく。……ああ、もちろん僕も手伝うから。先程マルグリット嬢が述べた通り、僕も留学経験があるし役に立てると思うよ」

なす術もないとはまさにこのことだ。

にこりと笑って最後に付け加えられた一言――これは学園からの正式な協力依頼の一貫でフェリクス殿下と今後も顔を合わせざるを得ないという意味だ。

逃げようと思えば逃げられた今までの非公式な邂逅とは違う。

 ……フェリクス殿下と関わらざるを得ない理由ができてしまったわ……。せっかくしばらくは心安らかな落ち着いた日々を送れていたというのに……。


私の望む平穏はまた遠ざかっていくのであった。
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