平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「――ということで、まずはシェイラがセイゲル語を習得した時の学習プロセスを教えて欲しいんだ。それを基にどういう授業構成が良いか考えてみよう。次の打合せの時までに思い出しておいてもらえるかな?」

「はい、分かりました。……そんなことよりフェリクス様。今日のフェリクス様はいつにも増して麗しくていらっしゃいますね。お召し物もとてもお似合いです。フェリクス様の綺麗な髪の色が映えると思います!」

「……ん? そう? ありがとう」

フェリクス様は一瞬だけ虚をつかれた表情になり、すぐさまいつも通りのにこやかな顔に戻ると、不思議そうに自身の服を見下ろした。

多少の反応があったということは、繰り出した初手はそこそこ効果があったと見ていいだろう。

私が実践した初手は、三つのことだ。

一つ、真面目な話を遮ること。

二つ、馴れ馴れしくフェリクス様と呼ぶこと。

三つ、相手の容姿を褒めること。

夜会で男性に迫る令嬢の言動を真似してみた次第だ。

「前から常々思っていたのですが、本当にフェリクス様の美貌は圧倒的ですね。輝く金色の髪も、深い青色の瞳も、とてもお美しいです。フェリクス様がいらっしゃるだけで場が華やぎます」

追い討ちをかけるように私は次なる褒め言葉を口にした。

自分で言っていて恥ずかしくなるが、これも平穏な生活のためと割り切る。

加えて、渾身の力を振り絞り、可愛く上目遣いをしてフェリクス様のことをじっと見つめてみた。

 ……積極的に迫る令嬢が上目遣いで男性を見つめている場面は何度も目にしたわ。きっとフェリクス様の嫌いなタイプのはずよね。

先程のように反応があるはずだと期待して、私はフェリクス様を見つめ続ける。

嫌そうな顔でもしてくれたらとても嬉しい。

「シェイラが僕の容姿を褒めてくれるなんて珍しいね。でも嬉しいな」

だが、返ってきたのは期待したものとは違う反応だった。

フェリクス様は笑顔のままで、私の目を見つめ返してくるのだ。

「シェイラこそ人並外れた美貌だよね。銀色の髪と水色の瞳だから色彩が全体的に淡くて、儚げな美しさがあると思うよ。以前シェイラがあの庭にいたのを見て、思わず森の妖精かと勘違いしてしまったくらいだしね」

しかも、あろうことか褒め返してくる。

 ……森の妖精って……! さすがに褒め過ぎよ。言われるこちらが恥ずかしくなってくるわ。

だが、フェリクス様の滑らかな語り口はこれだけでは止まらない。

「それにシェイラは容姿だけでなく、内面も魅力的だと思うよ。見た目に反して意外と頑固だし、意志が強いし、時折計算高いよね。そういうところも好きだなぁ」

 ……えっ、内面まで……っ!? 頑固とか計算高いとか色々見抜かれてしまっている気がするわ。しかも、す、好きって……!?

こちらから仕掛けたはずなのに、思わぬ返り討ちにあった気分だ。
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