平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
グッと言葉に詰まった私だったが、これで止まるわけにはいかない。

上目遣いで見つめる手が効かないようであれば、次を繰り出すまでだ。

「フェリクス様からお褒め頂けるなんて嬉しいです。……あら? フェリクス様、ここに何か付いているみたいですよ?」

さも今気付いたという風を装って、私はフェリクス様に近寄り、彼の肩に触れてゴミを取るフリをする。

そう、ボディタッチだ。

こういう手も令嬢が夜会で実行しているのを何度か目にした。

わざと躓いて男性につかまったり、男性が取ろうとしている飲み物のグラスを同時に取って手に触れたり、他にも様々な場面を目撃したことがある。

今回はその一つ。

ゴミが付いていると言って相手に触れるという作戦だ。

王族に触れるなんて畏れ多いが、嫌われるためにはこの際手段を選んでいられない。

不敬だと不快に感じてもらえれば大成功だ。

 ……さすがに不用意に触れられるのは気に障るはずよね。

「不敬だ!」と手を振り払われるのを期待しながら、ゴミを取るにしては長い時間、フェリクス様の肩に触れる。

鍛えられた身体が服の上からでも感じられ、男性に触れることに免疫のない私は、実は内心ドキドキして穏やかではいられない。

一瞬にも永遠にも感じられる時間だ。

そしてそれはフェリクス様の次の動きによって終焉を迎える。

「わざわざ取ってくれてありがとう」

笑顔を崩すことなく私にお礼を述べたフェリクス様は、何を思ったのか肩に触れていた私の手に突然自身の手を重ねた。

「………!!」

手の甲に温かな体温を感じ、ビクリと私の身体が跳ねる。

フェリクス様の大きな手はまるで私の手を包み込むようだ。

自分から仕掛けたというのにまたしても予想外の事が起き、私は動揺して目を泳がせた。

その様子を楽しげに見つめるフェリクス様の姿が視界に入る。

 ……どうして、なんで笑顔のままなの……!? 全然効いていないみたいなんだけど……! これはいけないわね。次よ、次!

次なる手を打とう思ったが、そこで私の動きははたと止まってしまう。

なぜなら具体的に次が思い浮かばなかったからだ。

 ……女を全面に出して迫るって他にどうすればいいのかしら? 色仕掛けもサッパリ分からないわ……。

夜会で見かけた程度の手段しかを思いつかない私の知識の底がついた瞬間だった。

なぜかこの部屋で二人きりになった時以上に機嫌が増しているフェリクス様を前にして、今日のところは万策が尽きてしまい、不本意ながら私は項垂れるしかなかった。
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