平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「シェイラ、久しぶりだな。君に会えて嬉しい。君も俺に会いたいと思っていたのだろう? なにしろ俺たちは二年間も婚約していたのだからな」

「……いえ、バッケルン公爵子息様にはカトリーヌ様がいらっしゃいますので」

「カトリーヌか。正直、彼女の我儘には最近ほとほと参ってる。侯爵令嬢として甘やかされてきたのだろうな。半年以上を婚約者として過ごしてそれが分かってきたところだ。……二年共にいてもシェイラへは我儘などと不満に思ったことがなかったのに」

私のことを名前で親しげに呼ぶ上に、カトリーヌ様への不満まで漏らしてくる始末だった。

果てには婚約破棄を後悔しているとも取れる口ぶりで私を見つめてくる。

「俺はもしかすると道を誤ったのかもしれないな。今日シェイラに会ってそんな気がしてきた。……それにしてもやはりシェイラはいつ見ても美しいな。前にも増して美貌に磨きがかかったのではないか?」

さらには私の顔を覗き込みながら、何の断りもなく私の頬に手を当ててきた。

その瞬間、ゾワリとして肌が粟立った。

眉を顰めるような気持ちを止められず、顔に出そうになるのを必死で押し留めた。

私はやんわりギルバート様の手を剥がし、彼から距離を取った。

その後一言二言だけ言葉を交わして、脇目もふらず足早に王城をあとにしたのだった。

 ……あの時は本当に驚いたわ。その少し前にフェリクス様の指が私の顔に触れた時には何も感じなかったのに。似たような状況だったけれど、ギルバート様のあれは不快感しかなかったわ。

カトリーヌ様という婚約者がいるにも関わらず、あのような言動をするのはどうかと思う。

たとえカトリーヌ様との関係が上手くいっていないのだとしても、関係のない私を巻き込まないで頂きたいものだ。

ただ、なんだか嫌な予感がそこはかとなくする。

だからこそ憂鬱になり、私の溜息の一原因となっているのだ。

――コンコンコン

その時私の溜息を掻き消すような扉のノック音が響いた。

返答をすれば、手に手紙を携えたエバが中へ入ってくる。

「お嬢様、王城からお手紙が届きました。お持ちになった使者様は返事を持ち帰りたいとのことで、一階の応接室でお待ちになっていますよ」

「お手紙……?」

王城という点から送り主は大体想像がつく。

でもわざわざ手紙を、しかも邸宅の方へ送って来たのはどういう意図だろうか。
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