平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
使者の方をあまり待たせるのも失礼だと思い、私は手紙を受け取るとすぐに内容に目を通す。

それは簡潔に言うとフェリクス様からの視察のお誘いだった。

今度の休日に王都にあるマクシム商会の店舗へ一緒に行こうと綴られている。

セイゲル共和国の珍しい品々を扱うマクシム商会は授業の参考になることもあるだろうとのことだ。

 ……これも授業の内容を検討するという依頼の一部、ということよね……?

手紙を手に持ったまま戸惑っていると、王城から使者が来ていることを聞き付けたらしい祖母が部屋へ押し入って来た。

その顔には隠しきれない喜びが浮かんでいる。

「王太子様からのお手紙ですって!? あなた、いつの間に王太子様と面識を得ていたの? アイゼヘルム家始まって以来の好機ですわよ……!」

「あの、いえ、これは……お手伝いの一環というだけのことで」

「お手伝いだろうとなんだろうとお近づきになれることに意味があるのよ。ほら、何をしているの。使者様をお待たせしないようさっさとお返事を書きなさい。もちろん王太子様からの申し出や依頼を断ることは、アイゼヘルム家の当主代行である私が許しませんよ!」

ピシャリとこう言い切った祖母に監視されながら、お誘いを受けるという答えしか許されない状況にて私は返書をしたためる。

どうやら祖母は雲の上の存在である王族が相手でも怯まないらしい。

果てしない上昇志向に、呆れるのを通り越して、なんだか笑えてくる。

家を盛り立てること第一主義もここまでくればあっぱれだった。


◇◇◇

「王太子殿下、今日はうちのシェイラをどうかよろしくお願い申し上げます!」

「シェイラ、殿下にくれぐれもご迷惑をおかけしないようにな!」

約束の視察の日。

フェリクス様が馬車で子爵邸まで迎えに来てくれることになり、私はこの日も寮から邸宅へ戻って来ていた。

祖母の指示のもと、エバによって朝から徹底的に身体の隅々まで磨き上げられ、衣装の着付けもお化粧もいつもの倍以上の時間をかけて施された。

まだお昼過ぎだというのに、もうぐったりだ。

そうこうしているうちに、王城から馬車が到着して、フェリクス様が姿を現すと祖母と父は緊張と興奮を露わにして挨拶をしていた。

その後は邸宅にいる使用人も含めて子爵家総出で私を送り出してくれたのだった。

アイゼヘルム家の並々ならぬ気合いが分かるというものだ。

縁談相手とのデートかなにかと勘違いしているのではないかと苦笑いが浮かぶ。

 ……ただの視察なのだけれど。お祖母様には「なんとしてでも王太子様を落としてきなさい」とまで耳打ちされたし。困ったものだわ……。
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