平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「どうかした?」

私が今朝の出来事を思い出して遠い目をしていると、向かいの席にいるフェリクス様が問いかけてきた。

今この馬車の中にはフェリクス様と私の二人だけだ。

王族の馬車とあって普通の馬車より十分広いが、いつもフェリクス様と顔を合わせる応接室などに比べるともちろん狭い。

手狭かつ密室という状況は、なんだか異様にフェリクス様との距離を近く感じさせ、若干居心地が悪くてモゾモゾする。

「いえ、なんでもありません。……ところでなぜ当家まで迎えに来てくださったのですか? 学園やマクシム商会で待合せでも大丈夫でしたのに」

「シェイラのご家族にお会いしてみたくてね。ご祖母上もお父上もとても面白い方だね。特に祖母上は挨拶した時にいかにシェイラが自慢の孫娘かを熱く語ってくれたよ」

フェリクス様はその時の祖母の様子を思い出したのか、クスクスと笑い出した。

 ……王族を前にしてそんな振る舞いをするなんて、お祖母様の精神力は尋常じゃないわ。

「お父上もおっしゃっていたけど、シェイラは亡くなったお母上似なんだってね? どんな方だったの?」

「母は……自分の経験をもとに人生において大切なことを色々教えてくれる人でした」

「そうなんだ。僕の両親は、父も母も放任主義で基本的には何も口を出して来ないんだよね。自由にさせてくれるのはありがたいけど。ちなみにどんなことを教わったの?」

身の丈に合った生活が一番だということです、と思わず口にしそうになって私は口を閉じた。

これをフェリクス様に言ったところで意味がない。

 ……そう、それよりも重要なことは、その母の教えに従うためにも、フェリクス様には嫌われなければいけないということよ。ここまで失敗続きで、逆に面白がられている感じだけれど、今日こそはより大胆にいくわよ……!

母の話をしていて改めて自分の初心を思い出した私は息巻く。

フェリクス様からの質問には「貴族令嬢としての立ち居振舞い方などですね」と無難な言葉を返すにとどめ、その後はこの後の作戦を黙々と練り始めたのだった。
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