平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
この状況であれば尚更側近や護衛がいない状態が気に掛かる。

人目のある公園で二人きりというのは、安全性に懸念がある上に、変な誤解を招きかねないという点でも心配ではないだろうか。

「そ、そうだったのですね。ちなみにナチュールパークは人々の憩いの場として多くの方々がいらっしゃいますけれど、高貴な身の上であるフェリクス様に護衛などは必要でないのですか? もしものことがあれば大変ですし……」

「心配してくれてありがとう。でも問題ないよ。剣の腕には自信があるから。自分の身は自分で守れるし、シェイラのことも守るから安心してくれていいよ」

「そ、そうですか。でも王太子であるフェリクス様がこのような人目の多いところにいれば騒ぎになるのではありませんか?」

「まあ、多少は気付く者もいるだろうね。一応対策として……ほら、これを付けておくようにするよ。多少は印象が変わるだろう?」

私の質問は想定内だったのか、フェリクス様はおもむろに胸元のポケットから左手で眼鏡を取り出して装着した。

眼鏡を付けたところでその端正な顔を隠すことはできていないが、確かに普段の印象からは変わっている。

「他に質問はある? なければナチュールパーク内を少し散歩でもしようか」

そう言ってフェリクス様は軽やかに歩き出そうとした。

だが、私の疑問はまだ尽きていない。

「待ってください。もう一つあります」

「何かな?」

「……これ、はどういう意図があるのでしょう?」

問いかけながら私は自身の左手に目を向ける。

その左手はといえば、先程エスコートしてもらって以来なぜかフェリクス様の右手に握られたままであった。

「意図? 特にないけど? ただ単に離したくないなと思っただけ」

「……離してくださらないと困ります。このままでは散策もできません」

「できなくはないと思うけどなぁ。まあシェイラがそう言うならしょうがないね」

振り払うタイミングを逃していた私はようやく解放されそうだとホッとする。

こんな手繋ぎ状態で散歩なんて言語道断だ。

先程から手汗が気になってソワソワしているというのに。

私とは逆に、実に残念そうな顔をしたフェリクス様は、仕方なさそうに手を動かす。

あとは離されるのを待つだけだと思って安堵していた私は、なぜか手を持ち上げられる感覚を感じて目を瞬く。

次の瞬間、手の甲に感じたことのない柔らかな感触が落ちてきた。

何事かと驚けば、なんとフェリクス様がそこに優しく口づけをしていたのだ。
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