平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「いきなりすみません。足元に落ちている葉に滑って転びそうになって。思わずフェリクス様の腕を掴んでしまいました」

もっともらしい理由を述べつつ、フェリクス様の反応を窺う。

穢らわしいものを見る目を向けてくれるのではないかと期待したものの、結果は空振り。

こんなことまでされているのに、変わらずフェリクス様はにこやかな笑顔のままだった。

いや、むしろ先程までよりも心なしか上機嫌にも見える。

 ……これも効果なし? エバに教えてもらった色仕掛けは全滅だわ。今回のはかなり大胆だったからいけると思ったのだけれど。

不発に終わってしまったのであれば、速やかな撤収も大切だ。

無駄に抱きついている必要はない。

「もう大丈夫です。腕をお貸し頂きありがとうございました」

私はそう述べると、慌ててフェリクス様の腕から離れた。

普段の自分なら絶対やらないし、できないことをしている自覚はあるため、撤収した後からの方がジワジワと恥ずかしさが込み上げてくる。

 ……毎回そうだけれど、慣れないことをすると終わった後が気恥ずかしくて、居た堪れない気持ちになるわね……。

今すぐこの場を立ち去りたい衝動に駆られていた私はすっかり注意散漫になっていたのだろう。

足元の落ち葉に足を滑らせてしまい、身体が傾いた。

図らずも先程適当に作り上げた状況に陥ってしまったのだ。

「あ、転びそう」と思った私は次の衝撃に備えてギュッと目を瞑る。

だが、その衝撃はやって来なかった。

代わりに力強い腕によって身体を引き寄せられる感覚が訪れる。

恐る恐る目を開ければ、フェリクス様に身体を支えられていた。

 ……なに、この状況!? 抱き留められてる……!?

自身の状態を認識した今、私の心臓は激しく飛び跳ねる。

「大丈夫? 二度も転びかけるなんて、やっぱり手を繋いだままにしておいた方が良かったんじゃない?」

「え、いえ、あの……」

「マクシム商会に到着する前にシェイラに怪我でもされたら困るから、公園内では僕が手を引いてあげるよ。二回も転びかけた前科があるんだから言う通りにするよね?」

「……………はい」

無理ですと言える空気ではなかった。

そのうちの一回はわざとだから「本当なのは一回だけです」と告白するわけにもいかない。

覆しようのない前科を重ねてしまった私は、結局ナチュールパーク内にいる間中、大人しくフェリクス様に手を預け、東の城下町に向かってひたすら歩みを進めることになったのだった。
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