平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
フェリクス様からの紹介を受け、私は会釈しながら商会長へ挨拶をする。

商会長も商人らしい柔和な笑みを向けてきた。

だが、私と目が合った瞬間、突然商会長の顔から表情がごっそり抜け落ちる。

真顔になった商会長は、お客様向けの笑顔を保つことが困難なほど何かに衝撃を受けている様子だった。

それが私の顔を見たことがキッカケであったことは明らかだ。

「あの……?」

「………これは失礼いたしました。フェリクス殿下から只今ご紹介に預かりましたアイザック・マクシムです。アイゼヘルム子爵令嬢におかれましても、何かご用命があればなんなりと私にお声掛けください」

「シェイラ・アイゼヘルムです。お世話になりますがよろしくお願いいたします」

「「………………」」

商会長は動揺を押し隠して私に対しても丁寧に言葉をかけてくれる。

お互いに自己紹介を交わし合ったところで、私たちの間には再び沈黙が流れた。

お互いにお互いの顔を見つめながら、口を閉ざしたからだ。

 ……そう、この人なのね。

私はここまでの商会長の反応で、何も言われずとも、彼の正体に勘づいてしまった。

この人こそ、亡き母の元恋人であり、結婚を約束していた相手に違いない。

商家の跡取りだと聞いているし、二人で買い付けに行くことを夢見ていたセイゲル共和国の品をこの商会が扱っているという点からも明らかだ。

極め付けは商会長が私の顔を見て反応したこと、それこそが一番の確証だった。

なにしろ私は亡き母の顔と似ているのだから。

「「………………」」

商会長と私の間には、きっと私たちにしか分かり得ないであろう独特な空気が流れる。

「この人が母の元恋人なのね」、「この子がオリミナの娘か」という感傷に近い感情を双方が抱き、意味もなくついついお互いに目を向けてしまうのだ。


「では、さっそく一階から拝見させてもらおうか。行こう、シェイラ」

その空気をぶった斬ったのは、声に若干の不機嫌さを滲ませたフェリクス様だった。

ハッと今の状況を思い出して、私は我に返る。

それは商会長も同じだったらしく、その場は何事もなかったかのように元通りの空気に瞬く間に戻り、フェリクス様と私は予定通り視察を開始させた。

◇◇◇

「わぁ、素敵ですね。一口にガラス細工と言っても色々なものがあるのですね」

店舗内を見て回り始めてからの私は、陳列されている数々のガラス細工に目が釘付けになった。

グラスや花瓶、キャンドルホルダーなどの装飾品を始め、動物や草花の形をした置物、そしてネックレスやイヤリングなど装身具まである。

色も様々あり、目移りしてしまう品揃えだ。
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