平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
馬車の中で二人きりとなった私たちは、移動の時間を利用して打合せをすることになった。

忘れないうちに今日の視察を受けて意見を交わし合う。

その結果、エーデワルド王国では珍しくても、セイゲル共和国では一般的に普及している品については授業の際に教養の一部として教えた方が良いだろうという話になった。

「視察をしなければその視点は持てなかっただろうから、良い機会だったね」

そう言って打合せを締め括ったフェリクス様は、そこからふいと視線を私から外して窓の外を無言で眺め出した。

何か特定のものを見るわけではなく、なんとはなしに風景に目を向けている様子だ。

「「………………」」

必然的にフェリクス様と私しかいない馬車の車内には沈黙が訪れる。

ガタゴトと車輪が動く音だけがやけに大きく辺りに響いた。

 ……やっぱり気のせいではなかったみたいだわ。なんだかご機嫌が優れない感じよね……?

視察をしている時にも薄々感じていたことが、今のこの状況によって確信に変わる。

というのも、往路の時も、ナチュールパークを散策している時も、フェリクス様は饒舌だった。

今日に限らず、私の知るフェリクス様はいつもにこやかな笑顔で楽しげに話す人だ。

 ……だけど、視察の頃から様子がおかしい気がするのよね。先程の打合せ中も明らかな作り笑いという感じで笑顔に固さが窺えたもの。

もしかしてこれまで私が仕掛けてきたことがここに来て効果を発揮し始めたのだろうか。

今になってジワジワと効いてきて、フェリクス様は私に不快感を抱き始めたのかもしれない。

それは自身の望む平穏のために嫌われなければならない私にとって願ってもない展開と言える。

 ……でも、なんだかこれは……。

ハッキリ言ってものすごくモヤモヤする。

上手くこの感情を言葉にできないが、どうにもこの沈黙が耐えられないし、このまま放っておけない。

だから私はつい問いかけてしまった。

「フェリクス様、何か気に障るようなことでもあったのですか? 先程からいつもとご様子が違うようですが……」

静かな車内に私の声が響く。

車輪の音や外の声も混じり合っているはずなのに、やけに私の声だけが大きく聞こえた。

フェリクス様は私から問い掛けられるのは意外だったのか、少し目を見開いた。

「……そう? いつもと変わりないと思うよ?」

「いえ、なんだか先程から笑い方がおかしいです。無理して作っているような感じに見えます」

「……参ったなぁ。シェイラに見抜かれるなんてね」

「視察を始めた辺りからご様子がいつもと違うようでしたけど、何かありましたか?」

「ああ、うん。……まあ、ちょっと気になることがあったというか」
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