平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
「ところで、先日久々に夜会に出席したのだけど、その際に面白いことを耳にしたのよ。ねえ、シェイラ? あなたあの男とデートしたんですって?」

「………!」

「どうして教えてくれなかったのよぉ。以前はあの男から逃げようとしていたのに、何か心境の変化でもあったのかしら? その辺りぜひシェイラの口から聞きたいわ」

疲れた様子だったかと思えば、マルグリット様はすっかり元気を取り戻したようだ。

今度はイキイキとした表情に様変わりしている。

まるでリオネル様のことを話題にしている時のように、実に楽しげに目を輝かせていた。

「いえ、あの、フェリクス様と城下町へ出掛けたのは事実ですけれど、デートではなくただの視察です……! セイゲル語の授業の件で、マクシム商会を見に行っただけです」

「あら、そうなの? 夜会では二人がナチュールパークを仲睦まじく散策していたって噂になっていたわよ? それにあの男も否定していなかったけど?」

異性避けに最適なため、昔から夜会などではお互いの存在を利用し合っているらしいマルグリット様とフェリクス様は、その夜会でもパートナーとして一緒に出席していたそうだ。

その際、マルグリット様が隣にいるにも関わらず、勇敢にもフェリクス様に噂の真意を直接聞きに来る令嬢がいたのだという。

フェリクス様はただにこやかに笑みを返すだけで明確に否定はせず、それゆえ無言の肯定だとその場にいた者は認識したらしい。

「あの男ったらやけに機嫌が良くて、隣にいてとても気持ち悪かったわ。いつもの張り付いた笑顔も胡散臭くて寒気を感じていたけれど、あの男の上機嫌なにこにこした顔はそれ以上に薄ら寒かったわね」

相変わらずマルグリット様がフェリクス様を評する時の言葉は辛辣だ。

その時の様子を思い出したのか、嫌そうに顔まで顰めている。

「ああ、それからもう一つ気になったことがあったのだったわ。シェイラの元婚約者ってバッケルン公爵子息だったわよね?」

「……はい。そうです」

続いてマルグリット様の口から飛び出した人物の名前を聞いて、嫌な予感がよぎる。

先日王城で顔を合わせた時に妙に馴れ馴れしく頬に触れられて不快だったことは記憶に新しい。

「その夜会は侯爵家以上の貴族が参加条件だったから彼もその場に新しい婚約者と出席していたのよ。だけど、随分と険悪な雰囲気だったわ。バッケルン公爵子息がシェイラとやり直したがっているという噂も囁かれていたわよ? あなたにもその気があると口にする者もいたのだけど……本当なの?」

「えっ、そんな噂があるのですか……!?」
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