平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
それに家柄が良く可憐なカトリーヌ様は私と比べるまでもなくフェリクス様により相応しい方だ。

実質的な婚約者であるマルグリット様との実際の関係を知っているからこそ、いつか本当のお相手をフェリクス様が選ぶ必要性も分かっている私は、尚更そう思う。

 ……嫌われなければいけない私にとっては願ってもない展開じゃない。もっと喜んで然るべきなのに……なぜこんなに心がモヤモヤするの? なんだかおかしいわ。

「マルグリット様、そろそろ温室へお戻りください。皆様がお探しになっています」

どうにも不可解な自分の心を持て余していると、ちょうどその時キャシーが休憩室へやって来てマルグリット様へ声を掛けた。

「あら、本当? どうやらシェイラとのお喋りが楽しくて思った以上に長居してしまったわね。シェイラ、そろそろ戻りましょうか? 話し足りないけど、それはまた学園の生徒会長室でね」

「はい。その時はリオネル様のお話をいたしましょう」

「もう、シェイラってば。ふふ、そうね」

マルグリット様と私はその場を立ち上がり、温室のお茶会へと足を向ける。

お茶会に戻った私を待ち受けていたのは、親交の薄い方々との会話という気を張る時間だ。

それにより、先程感じた不可解さはすっかり意識の外に追い出されていた。

だが、この心に燻った小さな違和感は、数日後に大きく芽吹くことになる。

◇◇◇

「お久しぶりですね、シェイラ様。今日の場所は応接室ではなくサロンとのことです。ご案内させて頂きますね。どうぞこちらへ」

セイゲル語の授業の打合せで王城を訪れた私を、衛兵が笑顔で迎えてくれた。

これまで何度か打合せを重ねていて、こうして王城に来ることもあったため、何人かの門番や衛兵とは顔見知りになってきているのだ。

授業の件はもう最終段階に入っている。

来年からの開講に向けて、授業内容や使う教材、教える教師の調整はほぼ終わっており、今は細かい最終確認をしている状態だ。

定期的に行っていたフェリクス様との打合せも残すところあと1〜2回だろう。

これでようやくフェリクス様と顔を合わせる必要性はなくなる。

関わり合いたくない私にとって待ち望んだ時がまもなくやってくるのだ。

だというのに、それを考えた瞬間、なぜだか胸がチクリとした。

 ……あれ? 今なんだか変な感じがしたわ。この前も胸に違和感があったような……?

もしや何かの病気だろうか。

でもそこで別の可能性にも思い至る。

 ……フェリクス様に会うのはこの前の視察以来だわ。もしかして私、多少緊張しているのかしら? うん、きっとそうね。
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