平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
しばらく頑張っていたシェイラだったが、僕の反応が期待したものと違ったらしく、この手は諦めたようだ。

慌てて身体を離そうとする。

その時シェイラの身体がグラリと傾いたのが目に入り、僕は咄嗟に腕を伸ばして彼女を抱き留めた。

ふわりと石鹸の香りがシェイラの髪から香り、僕の鼻腔をくすぐる。

ちょっと離れがたいなと心底思った僕は、シェイラが無理ですと言えないくらいに言葉で追い詰めて、公園内では手を繋ぐ権利を手に入れた。

手を引いて歩きながら、彼女のことを時折観察していたが、照れてはいるものの、本気で嫌がっている様子はない。

 ……これは良い兆候じゃないかな。シェイラも僕に心を許し始めているってことだよね。

この小さな変化に喜ぶなという方が無理だ。

ずっと僕から逃げようとしてきた相手が、今大人しく僕に手を預けていて、尚且つ嫌そうにしていないのだから。

上機嫌になるのも無理からぬことだろう。

自分でもいつも以上に口角が上がっているのを感じた。

だが、絶好調とも言えるその楽しい時間は長くは続かなかった。

マクシム商会で、シェイラとマクシム男爵が顔を合わせた時に一気に消え失せたのだ。

 ……なんだ、この空気。二人だけで分かり合ってるみたいな雰囲気だけど……?

初対面であるはずの二人は、明らかにお互いを強く意識し合っていた。

それはその場の空気感からも、二人の表情からも明らかだった。

その美貌ゆえに言い寄られることが多かったからか、シェイラは他者に対して警戒心が高いところがある。

僕に対しても最初は警戒心剥き出しで、あえて過剰に丁寧に接されていた。

だというのに、マクシム男爵にはその警戒心が見られない。

慕うような瞳を向け、心を開いているのが傍目からでも分かった。

なんとなく二人の間に入りづらく感じて、つい離れて店内を見て回ったくらいだ。

 ……こうも簡単に心を許す姿を見せられたら、さすがに落ち込むなぁ。

ナチュールパークでの楽しかった気分はすっかりなりを潜め、僕は顔に貼り付けたような笑顔を浮かべるしかなかった。

しかしその笑みがおかしいと他ならぬシェイラに復路の馬車の中で見抜かれてしまった。

「無理してるように見える」、「様子がおかしい」と次々に指摘されてしまえば、お手上げだった。

 ……この際、気になるなら聞いてしまおうか。シェイラが答えてくれるかは賭けだけど。

結局僕は率直に疑問を口にした。

「……マルクス男爵とシェイラってどういう関係なの?」

「えっ!? 商会長との関係、ですか?」
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