平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
 ……カトリーヌ嬢に名前を呼ぶ許可は出したことがないのだけどなぁ。

「相談? 僕よりも最適な相手がこの場にはたくさんいると思うけど?」

馴れ馴れしい態度に少々の不快さを感じながら、僕は愛想良く笑い、暗に拒否を伝える。

だが、カトリーヌ嬢には僕の真意は全く伝わらなかったらしい。

「フェリクス様以上に頼りになるお方なんてこの王国内にはいませんわ! それに以前もわたくしが困っている時に学園の庭で助けてくださいましたもの。わたくしはフェリクス様のお優しさを知っていますの」

カトリーヌ嬢が言っているのは、シェイラが婚約破棄を告げられていた時のことだろう。

あれはカトリーヌ嬢を助けたわけではないのだが、彼女の中では都合良く記憶が改竄されているらしい。

「……ああ、そんなこともあったね。それこそその時に結ばれたギルバートに相談すればいいんじゃないかな?」

「ええ、本当はそうすべきなのでしょう。でもギルバート様に関わることなので相談しづらくて。……実は、婚約破棄を根に持ったシェイラ様がわたくしに嫌がらせをしてくるんです。身の危険を感じる程でわたくし怖くて怖くて……」

ため息を吐き出したい衝動を抑え、仕方なく会話を続けたら、またしてもカトリーヌ嬢はとんでもないことを語り出した。

うるうると瞳を潤ませて、「怖い…」と言いながらすがるように僕の腕に触れる。

シェイラを貶める発言も、馴れ馴れしい態度も不快すぎて吐き気を催しそうだ。

 ……不敬罪で投獄してやりたい気分だね。けど、何か企んでそうだし、シェイラに害意を向けそうな匂いがするのが気になる。ここは油断させてちょっと探りを入れておこうかな。

不愉快さをぐっと飲み込み、僕はあえて甘く微笑む。

「そういうことなら、詳しく話を聞かせてくれるかな?」

そう告げると、カトリーヌ嬢は悲しげながらも喜びを隠し切れていない顔で、シェイラを蔑める聞くに耐えない作り話をペラペラと話し始めた。

カトリーヌ嬢の妄言は最初から最後まで許しがたいものだったが、僕は相槌を打ちながら黙って聞き続けた。

探りを入れる気力も失われるほどに馬鹿馬鹿しく、これほど忍耐を試されたのは初めてかもしれない。

しかし、あえて感じ良く接したこの対応が間違いだった。

カトリーヌ嬢は完全に勘違いしてしまったようで、その日から大臣である侯爵に帯同して王城に日参してくるようになったのだ。

僕との接触の機会を狙っているらしく、王城内の一般進入可能区域で出くわすことが何度もあった。

あまりカトリーヌ嬢といるところを人に見られたくはない。

そのため手近に部屋がある時はそこへ押し込み、すぐに執事や衛兵を呼んで対応を代わってもらうようにした。

邪険に扱わずのらりくらりと応対するのもいい加減我慢の限界を迎えようとしていたちょうどその時、念のため探りを入れさせていた諜報部の者より、カトリーヌ嬢がよからぬ者達と接触の兆候ありと報告が入った。

何を企んでいるのか知らないが、もしシェイラに手を出したらタダでは済まさない。

不本意ながら、カトリーヌ嬢を油断をさせるため不快さをグッと飲み込み、僕はしばらく現状維持することを決めたのだった。
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