平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
普通に会話をしているだけのはずなのに、なぜだか肌が粟立つ。

この前偶然に顔を合わせてしまった時に続き、このギルバート様の態度には嫌な予感がしてならない。

特に今日は以前にも増して危険な匂いがするのだ。

私を見るギルバート様の瞳が妖しく濁っていて、背筋が冷たくなる感じがする。

 ……なにが起こっているのか分からないけれど、これは何だか良くない雰囲気だわ。

ただでさえ今の私の心理状態はなんだか不具合が起こっているというのに、こんな時に憂鬱の種であるギルバート様になど遭遇したくなかった。

いくらそう嘆いていても仕方ない。

「……あの、私急ぎますので、これで失礼いたします」

私は早々に立ち去る選択をして、ギルバート様に一礼する。

今になって気付いたのだが、今私がいる場所には人気がない。

どうやら考え事をしながら歩いているうちに、人通りの多いところから逸れてしまっていたようだ。

 ……早く人通りの多いところに戻らなくては。

はやる気持ちを抑えて、私はギルバート様の前から背を向けて一歩を踏み出す。

だがその瞬間、引き留めるようにギルバート様に背後から抱きすくめられてしまった。

「………!!」

予想外のギルバート様の行動に、私の身体が石のようにカチコチに固まる。

一体何が起こっているのか理解が追いつかない。

 ……それにすごく嫌。触られたくない……!

気持ちが悪くて今すぐ離れたいと思った私は、なんとかギルバート様の腕の中から抜け出そうともがく。

ただ、男性の力には敵わず、ビクともしない。

「シェイラ、やはり君がいい。あんな我儘で身持ちの悪いカトリーヌに心惑わされるなど俺は間違っていた。美しく、それでいて控えめにそっと側にいてくれる君こそ俺に相応しいと今なら分かる」

私が動けないのをいいことに、ギルバート様は愛を囁くかのように耳元で一方的に語りかけてきた。

そのあまりの自分勝手な言葉に身体中がゾワゾワしてくる。

「離してください」

「聞いていなかったのか? 俺はこんなにも後悔している。そしてシェイラを心底欲しているんだ。君は俺のモノだ。誰にも渡さない」

「私は誰の物でもありません。私は私の物です。バッケルン公爵子息様の物になるつもりはありませんので、本当に離してください……!」
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