平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
聞くに耐えない台詞と不快極まる一方的な抱擁に我慢の限界を超えた私は、強い口調でギルバート様をはっきり拒絶した。

いつも無口だった私がこれほど明確に言葉で拒否することは想定していなかったのだろう。

背後でギルバート様が一瞬息を呑むのが分かった。

その拍子に少し腕の力が緩み、私はその隙をついてギルバート様の腕の中から脱出する。

気持ちが悪くて仕方のなかった体温の温もりから逃れた私は、ギルバート様の方は振り向きもせずにそのまま立ち去ろうと試みた。

しかしハッと気付いたギルバート様に再び腕を掴まれて引き寄せられてしまい、今度は正面から抱きすくめられてしまった。

 ……やめて。私に触らないで! 気持ち悪い……!

ふと思い出したのは先日の視察の際にフェリクス様に抱きしめられた時のことだ。

同じ抱擁のはずなのに、天と地ほど違う。

あの時はこんな不快さや気持ち悪さは皆無だった。

むしろホッと心が落ち着くような心地良さを感じた。

 ……私、フェリクス様に触れられるのは全然嫌じゃない。嫌われなければいけない相手なのに、関わり合いにならないようにすべき相手なのに、なんで……?

そう自分に問いかけて、この時私は初めて気付いた。

いつの間にか「嫌われたい」「関わり合いになりたくない」という想いが、「嫌われなければいけない」「関わり合いにならないようにすべき」と思うようになっていたことに。

それはまるで自分の本当の気持ちを無理矢理に抑えつけて思い込もうとするかのようだ。

だとすると、本当の気持ちとは何なのか。

導き出される答えは一つだ。

 ……そう、そうだったの。気付かないうちに、私は自覚なくフェリクス様に惹かれていたのね。

明確にいつから心惹かれていたのかは分からない。

でも「嫌われたい」が「嫌われなければいけない」に変わっていたのは、もうかなり前のような気がする。

たぶん外見だけでなく内面も好きだと言ってくれるフェリクス様に早い段階から好意を抱いていた。

だからこそ色仕掛けを繰り出してフェリクス様に自分から触れるのも大きな抵抗がなかったし、逆に触れられても嫌ではなかったのだ。
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