平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
 ……それなら、カトリーヌ様と仲睦まじい様子を目にして胸が痛かったのは、いわゆる嫉妬というやつかしら。

そうだろうという確信があった。

フェリクス様が他の女性と仲良くしているのが辛くて、私から興味を失ってしまうのが怖かったのだ。

 ……それにしても、よりにもよって自分の気持ちに気付くのが今この状況の中でなんて……。フェリクス様への想いを自覚した今、ギルバート様へは嫌悪感しか湧かないわ。

改めてギルバート様の言動に不愉快さを募らせ、私は手で胸を押して離れようと必死になる。

今になってなんでこんなことをしてくるのか本当に理解できない。

婚約破棄をしたのはもう随分と前のことなのに、今でも私を自分の所有物のように発言することにも怒りがふつふつと湧いてきた。

知らず知らずのうちに視線が鋭くなっていたようで、ギルバート様と目が合った時に、彼は意外そうな顔をした後、なぜか嬉しそうに目を細めた。

「ははは、シェイラが怒る姿なんて初めて目にするな。怒りの感情を浮かべる君も実に美しい。この美貌を誰よりも早く見初めたのは俺だ。だから俺だけのものだ」

唇の端を吊り上げてまるで理解できない言葉を発するギルバート様は、何を思ったのかふいに指で私の顎を掴む。

そして制止する間もなく、いきなり私の唇へ自身の唇を重ねた。

「んっ――……!!!」

驚きに声を上げるも、それは塞がれた唇によって遮られて声にならなかった。

これ以上ないくらいに目を大きく見開いた私は、抗議を伝えるべくギルバート様の胸を強く叩く。

 ……こんな無理矢理、ひどい……!

悔しくてうっすらと涙が目に滲んでくる。

「ああ、最高な気分だ。カトリーヌとの口づけでは感じたことのない心地良さを感じるな。シェイラも良かっただろう?」

耐えるしかない地獄の時間の末に、ようやく唇を離したギルバート様は開口一番こんな信じられない台詞を放った。

もう我慢の限界はとっくに超えていた。

私は相手が公爵子息であることも忘れて、次の瞬間にはギルバート様の頬を思いっきり平手打ちしていた。

「良かったどころか最悪でした。気持ち悪くて吐きそうです! もう二度と私に近寄らないでください! 今後もこのようなことをされるのであれば私にも考えがあります。フェルベルネ公爵家のマルグリット様と親しくしているので相談させて頂きますから!」

今までの無口はどこへやら、私が一気に捲し立てるように言葉を発するので、ギルバート様は呆気に取られたように呆然としている。

その頬には真っ赤な手の平の痕がくっきり残っていた。

これ以上一秒でもこの場にいたくなくて、私は一方的に言うだけ言って、ギルバート様を無視して立ち去る。

唇を何度も何度も服の袖で拭いながら。
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