婚約破棄された錬金術師ですが、暗黒地底に放り出されたら冷徹な辺境伯様との楽しい毎日が始まりました
第14話:錬金博覧会
「ルーブ、調子はだいぶ良さそうだな。君のこんな元気な姿を見るのはなんだか久しぶりだ」
『ええ、あんなに具合が悪かったのが嘘みたいです』
水質調査をした日から二週間後。
ルーブさんはすっかり元気が回復した。
今は地底湖の中をすいすいと気持ちよさそうに泳いでいる。
その様子をアース様やクリステンさんはもちろん、ワーキンさんも笑顔で眺めていた。
「ルーブ様が元気になられて、私も毎日嬉しいです。皆さんの幸せで楽しい日々が、私の幸せでもございます」
『まさか水に溶け出す鉱石があるなんてなぁ。俺も初めて知ったぞ。フルオラの機転はすんげえな』
ワーキンさんはもちろん<アルカリン鉱石>も扱ったことがあるのだけど、水溶性については知らなかったらしい。
武器や防具の加工技術ばかり追い求めて、勉強不足が恥ずかしいとも言っていた。
私もまた、引き続き精進を続けなければならない。
「特に<アルカリン鉱石>は水に溶けやすい性質があったようですね。私ももっと暗黒地底の知識を深めようと思います」
《ウォーター・アナリシス》で水質を調べた後、<アルカリン鉱石>についてお屋敷の図書室で文献を調べた。
頑強な鉱石だけど水に弱いらしく、濡れるとすぐに溶け出してしまうらしい。
今回はたまたまうまくいったけど、もっと色んな分野の勉強を積もうと決心した。
知識は人を救うのだ。
決心を固めたところで、ルーブさんが近くにきて身体を見せてくれた。
最初に会ったときより青い光は濃さを増し、それでいて一段と澄んだ色合いになっている。
『フルオラさん、見てください。鱗の輝きが以前よりさらに強くなりましたよ』
「うわぁ……キレイ……<アクアドラゴン>って本当に美しいですね」
『こんなに輝けるのは私も生まれて初めてです。これもフルオラさんのおかげですね』
鱗の一枚一枚が健康的な輝きを放つ。
キレイだなぁ……と見とれていたら、アース様に肩を叩かれた。
「フルオラ、君に渡したい物がある。中を開けてほしい」
そう言って、一枚の紙を差し出された。
丸められた羊皮紙だ。
静かにめくると、大変美しいカリグラフィーの文字が目に飛びこんできた。
赤、青、黄に緑色……。
くるくるさらさらと書かれたカラフルな文字たちを見ると、それだけで嬉しくなっちゃうね。
「こんな美しい文字は初めて見ました。どなたが書かれたのですか? これほど可愛い字が書ける人は、それこそ少女のように純真な心の持ち主なんでしょうねぇ」
尋ねつつ、もしかしたらクリステンさんかなと思っていた。
彼女の清楚で可愛い見た目にピッタリの筆跡だ。
ルンルンと紙を眺めていたら、アース様は大変に低い声でお話しされた。
「…………私だ」
「えっ! アース様が書かれたのですか!? 字がお上手なんですねぇ! 見ているだけで心があったかくなって楽しくなっちゃいます! アース様は何でもできるんですね、こんなに美しい文字は世界的にも……」
まさかのアース様だった。
てっきりクリステンさんだと思っていたので驚きと、また新たな一面が見えた嬉しさで興奮してしまう。
この感動をご本人にも伝えたくて、ついつい早口にそして声が大きくなってしまう。
しばらく興奮していると、アース様のこほんっという咳払いで意識を取り戻した。
「……そろそろ、内容を読んでほしいのだが」
「……大変申し訳ございませんでした」
またもや、悪癖&オタクの早口が爆発してしまった。
最近は鳴りを潜めていたからすっかり油断していたのだろう。
まったく、これだからオタクは……。
気を取り直して文章に目を通す。
美しいだけでなくとても読みやすい。
読むにつれて、今度は胸がワクワクと高鳴った。
「“錬金博覧会”の案内……ですか?」
「ああ、各地の錬金術師が互いに腕を競い合う博覧会の開催を考えている。場所は暗黒地底の洞窟前に広がる草原地帯だ」
何という魅惑的なお言葉の数々……。
アース様の声はカリヨンベルのように鳴り響き、私の脳内には幸せの天使が舞い踊る。
「そ、それは誠でございますかぁ! 各地の錬金術師が腕を競い合うぅ!? 錬・金・博・覧・会ですかぁ!?」
「だ、だからそう言っているだろうっ。と、とりあえず離れなさいっ」
気がついたら、アース様はエビみたいにのけ反っていた。
私の顔が眼前にまで迫っているから。
……また興奮して周りが見えなくなってしまったね。
意識に関係なく、私の身体は勝手に動く。
これもまた前世から続く悪癖による現象だと考えられた。
本日二度目の謝罪の意を示す。
「……大変申し訳ございませんでした」
「い、いや、気にしなくていい。もう慣れたからな。そしてだな、この“錬金博覧会”の開催は……君に対するお礼でもあるんだ」
「……え?」
アース様は告げた。
私のお礼として“錬金博覧会”を開催すると。
淡々としたアース様に対して、私は少々混乱に陥った。
――あ、あれ? 何か感謝されるようなことはしたっけ?
《エアコン》とかルーブさんの一件はそうかもだけど、全部専属鍛冶師としての仕事だから当たり前と言えば当たり前だし……。
小さく混乱していると、アース様はお話しを続けてくれた。
「まだ短いが一緒に過ごしてきて、君は本当に錬金術が好きなんだなと実感した」
「アース様……ありがとうございます」
私の奇行を好意的に受け止めてくださって。
アース様のような心が広い方でないと、きっと五分も持たずに追い出されていただろう。
「フルオラには本当に感謝している。地底は快適になったし、大事な仲間たちも守れた。そこで、どうにかして感謝の気持ちを伝えたいと常々思っていたんだ」
「で、ですが、私はここで生活できるだけで幸せです」
飾らない本心を伝えた。
暗黒地底では、メルキュール家にいたときより何倍も何十倍も充実した暮らしを送らせてもらっている。
私なんかのためにアース様の手を煩わせるのは申し訳ない、という思いもあった。
ただでさえ、地底辺境伯としてお忙しいのに……。
「いや、どうか受け止ってほしい。何か返さないと私の気が済まないのだ。もちろん、嫌ならば断ってもらって構わないが……」
「いいえ! 嫌だなんてあり得ません! これ以上ないほど嬉しいです! はい、すみません!」
大慌てで参加表明した。
せっかくのご厚意もそうだし、何より色んな人の魔道具も見てみたい。
アース様は私の反応がおかしかったようで、少し苦笑していた。
「そうか、それならよかった。いつも君が作るのは、私が頼んだ魔道具ばかりだ。だから、博覧会では自分が作りたい魔道具を作ってほしい」
「はいっ! 存分に作らせていただきますっ!」
元気よく返事をしたら、ふとアース様と視線がぶつかった。
なぜか……目を逸らせない。
アース様の澄んだ赤い瞳に、私の瞳が吸い込まれてしまった。
そのお顔を見ていると、暗黒地底に来てからの楽しい日々が思い出される。
――私が楽しい毎日が送れるのも、アース様のおかげなんだ。
そう思うと、ポッと顔が熱くなるのを感じた。
「す、すまないっ。見過ぎたっ」
「い、いえっ。こちらこそ凝視してしまい申し訳ありませんでしたっ」
どちらからともなく、大慌てで視線を逸らした。
こんな雰囲気は私には似合わないでしょうに。
何はともあれ、さっそく魔道具の設計を考える。
ああ、これほど楽しみなことはそうそうない。
どんな魔道具を作ろうかな。
というより、他の参加者が気になって眠れないかもぉ。
ワクワクしていると、にまにまにま……という謎の音が聞こえてきた。
な、なんだ?
後ろから聞こえるような……。
振り返るとクリステンさん……だけでなく、ワーキンさん、ルーブさんまでもがにまにまと笑っていた。
すかさずアース様が叱る。
「こ、こらっ! お前たち、何をにまにましている!」
「お言葉ですがしておりません」
『俺もそんな笑い方してないですぜ!』
『私もにまにまなどしてませんね』
「だから、生暖かい目をやめなさい!」
みんなを追いかけ回すアース様を見つつ、私はずっと魔道具の設計を考えていた。
胸に生まれた淡い思いを抱きながら……。
『ええ、あんなに具合が悪かったのが嘘みたいです』
水質調査をした日から二週間後。
ルーブさんはすっかり元気が回復した。
今は地底湖の中をすいすいと気持ちよさそうに泳いでいる。
その様子をアース様やクリステンさんはもちろん、ワーキンさんも笑顔で眺めていた。
「ルーブ様が元気になられて、私も毎日嬉しいです。皆さんの幸せで楽しい日々が、私の幸せでもございます」
『まさか水に溶け出す鉱石があるなんてなぁ。俺も初めて知ったぞ。フルオラの機転はすんげえな』
ワーキンさんはもちろん<アルカリン鉱石>も扱ったことがあるのだけど、水溶性については知らなかったらしい。
武器や防具の加工技術ばかり追い求めて、勉強不足が恥ずかしいとも言っていた。
私もまた、引き続き精進を続けなければならない。
「特に<アルカリン鉱石>は水に溶けやすい性質があったようですね。私ももっと暗黒地底の知識を深めようと思います」
《ウォーター・アナリシス》で水質を調べた後、<アルカリン鉱石>についてお屋敷の図書室で文献を調べた。
頑強な鉱石だけど水に弱いらしく、濡れるとすぐに溶け出してしまうらしい。
今回はたまたまうまくいったけど、もっと色んな分野の勉強を積もうと決心した。
知識は人を救うのだ。
決心を固めたところで、ルーブさんが近くにきて身体を見せてくれた。
最初に会ったときより青い光は濃さを増し、それでいて一段と澄んだ色合いになっている。
『フルオラさん、見てください。鱗の輝きが以前よりさらに強くなりましたよ』
「うわぁ……キレイ……<アクアドラゴン>って本当に美しいですね」
『こんなに輝けるのは私も生まれて初めてです。これもフルオラさんのおかげですね』
鱗の一枚一枚が健康的な輝きを放つ。
キレイだなぁ……と見とれていたら、アース様に肩を叩かれた。
「フルオラ、君に渡したい物がある。中を開けてほしい」
そう言って、一枚の紙を差し出された。
丸められた羊皮紙だ。
静かにめくると、大変美しいカリグラフィーの文字が目に飛びこんできた。
赤、青、黄に緑色……。
くるくるさらさらと書かれたカラフルな文字たちを見ると、それだけで嬉しくなっちゃうね。
「こんな美しい文字は初めて見ました。どなたが書かれたのですか? これほど可愛い字が書ける人は、それこそ少女のように純真な心の持ち主なんでしょうねぇ」
尋ねつつ、もしかしたらクリステンさんかなと思っていた。
彼女の清楚で可愛い見た目にピッタリの筆跡だ。
ルンルンと紙を眺めていたら、アース様は大変に低い声でお話しされた。
「…………私だ」
「えっ! アース様が書かれたのですか!? 字がお上手なんですねぇ! 見ているだけで心があったかくなって楽しくなっちゃいます! アース様は何でもできるんですね、こんなに美しい文字は世界的にも……」
まさかのアース様だった。
てっきりクリステンさんだと思っていたので驚きと、また新たな一面が見えた嬉しさで興奮してしまう。
この感動をご本人にも伝えたくて、ついつい早口にそして声が大きくなってしまう。
しばらく興奮していると、アース様のこほんっという咳払いで意識を取り戻した。
「……そろそろ、内容を読んでほしいのだが」
「……大変申し訳ございませんでした」
またもや、悪癖&オタクの早口が爆発してしまった。
最近は鳴りを潜めていたからすっかり油断していたのだろう。
まったく、これだからオタクは……。
気を取り直して文章に目を通す。
美しいだけでなくとても読みやすい。
読むにつれて、今度は胸がワクワクと高鳴った。
「“錬金博覧会”の案内……ですか?」
「ああ、各地の錬金術師が互いに腕を競い合う博覧会の開催を考えている。場所は暗黒地底の洞窟前に広がる草原地帯だ」
何という魅惑的なお言葉の数々……。
アース様の声はカリヨンベルのように鳴り響き、私の脳内には幸せの天使が舞い踊る。
「そ、それは誠でございますかぁ! 各地の錬金術師が腕を競い合うぅ!? 錬・金・博・覧・会ですかぁ!?」
「だ、だからそう言っているだろうっ。と、とりあえず離れなさいっ」
気がついたら、アース様はエビみたいにのけ反っていた。
私の顔が眼前にまで迫っているから。
……また興奮して周りが見えなくなってしまったね。
意識に関係なく、私の身体は勝手に動く。
これもまた前世から続く悪癖による現象だと考えられた。
本日二度目の謝罪の意を示す。
「……大変申し訳ございませんでした」
「い、いや、気にしなくていい。もう慣れたからな。そしてだな、この“錬金博覧会”の開催は……君に対するお礼でもあるんだ」
「……え?」
アース様は告げた。
私のお礼として“錬金博覧会”を開催すると。
淡々としたアース様に対して、私は少々混乱に陥った。
――あ、あれ? 何か感謝されるようなことはしたっけ?
《エアコン》とかルーブさんの一件はそうかもだけど、全部専属鍛冶師としての仕事だから当たり前と言えば当たり前だし……。
小さく混乱していると、アース様はお話しを続けてくれた。
「まだ短いが一緒に過ごしてきて、君は本当に錬金術が好きなんだなと実感した」
「アース様……ありがとうございます」
私の奇行を好意的に受け止めてくださって。
アース様のような心が広い方でないと、きっと五分も持たずに追い出されていただろう。
「フルオラには本当に感謝している。地底は快適になったし、大事な仲間たちも守れた。そこで、どうにかして感謝の気持ちを伝えたいと常々思っていたんだ」
「で、ですが、私はここで生活できるだけで幸せです」
飾らない本心を伝えた。
暗黒地底では、メルキュール家にいたときより何倍も何十倍も充実した暮らしを送らせてもらっている。
私なんかのためにアース様の手を煩わせるのは申し訳ない、という思いもあった。
ただでさえ、地底辺境伯としてお忙しいのに……。
「いや、どうか受け止ってほしい。何か返さないと私の気が済まないのだ。もちろん、嫌ならば断ってもらって構わないが……」
「いいえ! 嫌だなんてあり得ません! これ以上ないほど嬉しいです! はい、すみません!」
大慌てで参加表明した。
せっかくのご厚意もそうだし、何より色んな人の魔道具も見てみたい。
アース様は私の反応がおかしかったようで、少し苦笑していた。
「そうか、それならよかった。いつも君が作るのは、私が頼んだ魔道具ばかりだ。だから、博覧会では自分が作りたい魔道具を作ってほしい」
「はいっ! 存分に作らせていただきますっ!」
元気よく返事をしたら、ふとアース様と視線がぶつかった。
なぜか……目を逸らせない。
アース様の澄んだ赤い瞳に、私の瞳が吸い込まれてしまった。
そのお顔を見ていると、暗黒地底に来てからの楽しい日々が思い出される。
――私が楽しい毎日が送れるのも、アース様のおかげなんだ。
そう思うと、ポッと顔が熱くなるのを感じた。
「す、すまないっ。見過ぎたっ」
「い、いえっ。こちらこそ凝視してしまい申し訳ありませんでしたっ」
どちらからともなく、大慌てで視線を逸らした。
こんな雰囲気は私には似合わないでしょうに。
何はともあれ、さっそく魔道具の設計を考える。
ああ、これほど楽しみなことはそうそうない。
どんな魔道具を作ろうかな。
というより、他の参加者が気になって眠れないかもぉ。
ワクワクしていると、にまにまにま……という謎の音が聞こえてきた。
な、なんだ?
後ろから聞こえるような……。
振り返るとクリステンさん……だけでなく、ワーキンさん、ルーブさんまでもがにまにまと笑っていた。
すかさずアース様が叱る。
「こ、こらっ! お前たち、何をにまにましている!」
「お言葉ですがしておりません」
『俺もそんな笑い方してないですぜ!』
『私もにまにまなどしてませんね』
「だから、生暖かい目をやめなさい!」
みんなを追いかけ回すアース様を見つつ、私はずっと魔道具の設計を考えていた。
胸に生まれた淡い思いを抱きながら……。