婚約破棄された錬金術師ですが、暗黒地底に放り出されたら冷徹な辺境伯様との楽しい毎日が始まりました
第17話:開催
「い、いよいよ開催日になりましたね。緊張します……」
「そんなに緊張しなくて大丈夫だ、フルオラ。別に殴り合うわけではないだろう」
「そ、それはそうでございますが……」
ここは洞窟の前に広がる草原の活気あふれる様子を見て、私は急激に緊張してきた。。
とうとう“錬金博覧会”の日がやってきた。
1ヶ月くらいはあったはずだけど、準備をしているとあっという間に過ぎ去ってしまった。
いつもは平らな草原みたいで心安らぐ静かな場所なのだけど、今は多種多様な魔道具が置かれ錬金術師たちが集まり、お祭りみたいに大変に賑やかだ。
空に浮かぶ気球のような魔道具に、自動で走る馬車型の魔道具、そしてルオちゃんよりずっと小さなゴーレムたち……。
ルオちゃんはというと、まだ布を被せて隠してある。
直前に見せた方が印象的だろう、というアース様のアイデアだった。
「みんな錬金術が好きな者ばかりだ。君ともきっと楽しい話ができるだろう」
「参加者の方々もたくさんお集まりいただいて気合が入りますね」
「暗黒地底での開催は人が来ないと思っていたが、集まってよかった。おそらく、フルオラの良いウワサがビトラ経由で広がっていたのかもしれないな。彼女は口が軽いし」
見渡す限り、たくさんの錬金術師たちが集まっている。
こんなに大勢の錬金術師を見るのは初めてだ。
個人で参加している人、数人のグループで参加している人、何人もの団体で参加している人、様々だ。
私はずっと一人で錬金術を磨いていたし重度のコミュ障なので、彼らとうまく話せるか不安だった。
前世に読んだ「簡単な会話の仕方」的な本を思い出すけど、まったく内容を覚えていなくてあっという間に詰んでしまった。
どうすればいいの~と頭を抱えていたら、クリステンさんが静々と私たちの近くに来た。
こんなに大勢が集まっていても、まったく慌てていないのはさすがのS級メイドだ。
「グラウンド様、そろそろ開催の挨拶をお願いできますか?」
「ああ、そうだな。では、フルオラはここで待っていてくれ」
「いってらっしゃいませ、アース様」
壇上に向かう二人を見送る。
この地を治める領主の挨拶を持って、“錬金博覧会”の正式な開催だと聞いていた。
二人の背中を見ながら、顔をパンッ! と叩いて気合を入れた。
この程度で怖気づいてちゃダメだ、フルオラ。
だって……。
――私はアース様の専属錬金術師なのだから。
専属錬金術師として立派なところを見せなければ、アース様に申し訳が立たないでしょう。
コミュ障を克服して悪癖を抑えて錬金術師たちと楽しく会話する。
強く決心する中アース様は壇上に上がり、会場は徐々に静かになった。
「地底辺境伯のアース・グラウンドだ。本日はお集まりいただき感謝申し上げる。では……第一回“錬金博覧会”の開催をここに宣言する!」
「「おおおー!」」
拍手が湧き歓声が上がり、いよいよ“錬金博覧会”が始まった。
参加者はわいわいとお目当ての魔道具に向かう。
今気づいたけど、ほとんどの錬金術師は付き添いの人を連れていた。
代わりばんこに魔道具の管理をするのだ。
右も左も人が行き交う。
超インドアな私には刺激的な光景で気後れしていると、アース様が戻ってきた。
「フルオラ、もうルオ……君の布を外してもいいんじゃないか?」
「あ、そ、そうですね。……えいっ」
布をガバッとめくると、ルオちゃんが出てきた。
見た目は錬成したときと同じでも、中身は一味違う。
『やっと遭逢完遂……ママ』
「ごめんね、暑くなかった?」
『適正温度……至極快適……ママ』
ルオちゃんは学習を重ね、以前より難しい言葉も話せるほどに成長した。
のだけど、私のことは未だにママ呼びだった。
そして、ルオちゃんと話していると、アース様はなぜか不機嫌になられる。
今もまたそっぽを向いて、暗黒地底の岩壁を眺めていた。
「アース様、いったいどうしたので……」
「別にぃ……」
つーんとしたまま返答されるのもお決まりの反応。
いったいなんで……。
この一か月ずっと考えているけど、これまた未だにわからない。
もしかして……。
――ルオちゃんみたいなゴーレムが欲しいってことかな。
フルオラだけお話ししててずるい! って思ってるとか。
……あり得る。
ルオちゃんの調整は結構難しく、他のゴーレムを作る余裕がなかったのだ。
“錬金博覧会”が終わったらアース様の分も錬成しようか。
そんなことを考えていたら、数人の男女が近寄ってきた。
「お師匠様、色んな魔道具がありますね。さっきから僕は興味を惹かれてばかりです」
「これほど大きな博覧会はワシも初めてじゃ。おや? ずいぶんと大きなゴーレムがあるの」
「行ってみましょう、師匠」
錬金術師の面々だ。
初老の男性が一人に、若い男女が二人。
きっとおじいさんは彼らの師匠だ。
色んな魔道具を見せながら、あれこれと説明しているもん。
アース様の前に来ると、三人は丁寧にお辞儀した。
「地底辺境伯様。この度はワシらをご招待くださり、誠にありがとうございます。そちらのお嬢さんもお屋敷の方ですかな?」
「ぜひ楽しんでいただきたい。こちらにいるのは私の専属錬金術師、フルオラだ。彼女には暗黒地底の劣悪な環境をこれ以上ないほど改善してもらっている」
私が専属錬金術師と聞き、初老の錬金術師は興味深そうに私を見た。
気が引き締まり背筋が伸びる。
「あなたがフルオラ嬢でございましたか! 類まれな実力ということで、巷では有名ですぞよ。お会いできるのを楽しみにしておりましたわ。さぞかし優秀な方なんでしょうな」
「フ、フルオラ・メルキュールですっ。よろしくお願いしまっす」
ピシリと礼儀正しくご挨拶する。
私がお辞儀すると、ルオちゃんもお辞儀した。
偉いね。
「こちらがフルオラ嬢の造られたゴーレムですか。大変に力強く立派ですなぁ」
『我が名はルオちゃん。好んで止まない存在はママ』
「「しゃ、喋ったぁ!?」」
ルオちゃんの言葉を聞くと、錬金術師たちは一様に驚いた。
やはり、彼らも人語を話すゴーレムは初めて見たらしい。
「お、お師匠様! ゴーレムが話しています! そんなゴーレムがこの世にあるのですか!?」
「ワ、ワシも初めて見たぞよ……これは誠にすごいゴーレムじゃ……。どうやって造られたのか知りたくてたまらんわい」
「まさか、お師匠様を超える錬金術師がいるなんて思いもしませんでした……世界は広いですねぇ……。フルオラ嬢に質問したいです」
初めてとなる同業者との問答が始まりそうだ……。
超インドアな私にはハードルが高すぎる。
ドキドキするな……専属鍛冶師としての威厳を見せなければ……アース様の信用にかかわる。
だけど、もう倒れそう……。
先ほど決心したばかりなのに、すでに追い詰められていた。
私はきっと一言も話せない。
申し訳ございません、アース様……。
「フルオラ嬢、人語を理解する方程式について質問があるのじゃが……」
初老の錬金術師に尋ねられた瞬間、私の不安はたちまち消え失せ、代わりに猛烈なモチベーションに支配された。
「よぉくぞ聞いてくださいましたー! 人の言葉がわかるように理論を考えるのは本当に難しかったですね! 最も大事なのは、私たちが普段使う言葉を錬成陣に組み込むことです! ルオちゃんには自分で考える能力もつけたかったので……!」
そうだ、私はオタクだった。
自分の得意分野について話し出すと止まらない。
心配することなんて何もなかった!
□□□
「……であるからして~、ルオちゃんは人間みたいな形にしました。思考回路は今まで作ったゴーレムの方程式を応用したのですが~……」
「「は、はい……」」
ああ、説明するのは楽しいな~。
私の学んだこと、知っていることを全て説明して差し上げたい。
錬金術師の皆さんも真剣に聞いてくださっており、それもまた私の心に燃料を投下した。
いくら話しても話し足りないよ~。
ルンルンと話していたら、何かにトントンッと肩を叩かれた。
え? なんだろう? と思って後ろを見ると、アース様が立っている。
私の意識は少しずつ現実に舞い戻る。
「フルオラ、そろそろお終いにしてもらえないだろうか? かれこれ一時間も話しっぱなしでな。彼らも疲れているようだ」
「……え?」
その一言で意識は完全に現実へと戻り、改めて錬金術師の方々を見た。
皆さん息も絶え絶えで、初老の方に至っては今にも昇天しそうになっていた。
「……大変申し訳ございませんでした」
「い、いえ、詳しくお話ししてくださり、ワシらも大変勉強になりましたですじゃ……。ちょ、ちょっと休憩してからまた来ますのでな……」
「本当に申し訳ございませんでした……」
錬金術師さんたちはフラフラと立ち去る。
また……悪癖が爆発してしまった。
ちょっと気を抜いたらこれだ。
悪癖を矯正する錬金魔道具を作った方がいいかもしれないね。
『フルオラ殿ー、地底辺境伯様ー。久しぶりラビねー』
悪癖矯正魔道具の理論を組み立て出したとき、甲高い声が聞こえた。
前方から小さな女の子が歩いてくる。
長くて美しい白髪、丸い赤の目、大きなリュック、頭の上にはピコピコ動く長い耳。
この人は……。
「あっ、ビトラさん! お久しぶりです! もしかして、ビトラさんも魔道具を作られるんですか?」
『いやいや、わっちに魔道具なんか作れないラビ。良い品がないか探しに来たんだラビよ。“錬金博覧会”なんて魅力的な名前を聞いたら、居ても立っても居られなくなったラビ』
「なるほど、そうだったんですか」
ビトラさんは自分で歩いて商品を探すタイプらしく、常に商品を探していると言っていた。
錬金魔道具たちも世の中に出れる機会が増えたら嬉しいだろうね。
ルオちゃんを見ると、ほぉーっと物珍しさあふれる表情となった。
『でっかいゴーレムラビねー。これもフルオラ殿が作ったラビか?』
「ええ、ルオちゃんって言います」
『我が名はルオちゃん。ママ恋慕……』
『このゴーレムは喋るラビ!?』
錬金術師さんたちと同じようにビトラさんは驚く。
はぁーっとルオちゃんを見上げていた。
「ルオちゃんはとても頭がいいんですよ。歴史にも詳しいですし、暗算なんかも得意です」
『いやぁ、喋るゴーレムなんてわっちも初めての経験ラビ。やはり、フルオラ嬢の魔道具が一番ラビね。……さて、フルオラ殿。さっそくラビが、“ラビット・ラパン商会”にも何体か卸してくれないラビか? 一体の卸価格は最低でも200万で……』
すぐ商人モードに変わるのは、さすがのビトラさんだ。
営業トークを炸裂されていると、アース様がクリステンさんを呼んで助けに入ってくれた。
「クリステン」
「はい」
『フルオラ嬢にはゴーレム以外にも、もっと魔道具を作ってほしいラビ。《エアコン》も《照らしライト》も商会史上最高の収益なんラビが……あ、あの、ちょっ! まだ話は終わってないラ……!』
ビトラさんはクリステンさんに、力強く連行されていく。
どうやら、お屋敷のみんなは彼女の扱いに慣れているようだった。
ホッとすると同時にふと思う。
……私の早口も炸裂されるとこんな感じなのだろうか。
そんなはずは……! と思いながら、アース様にお礼を言う。
「あ、ありがとうございます、アース様。助けていただいて……」
「いや、礼には及ばない。商売の話は後にしてもらいたいだけだ。何より、ここには君と話したい者がたくさんいるようだからな」
「……え?」
辺りを見ると、知らないうちにたくさんの人に囲まれていた。
右も左もいっぱいの錬金術師。
みなさん、興奮した様子で私を取り囲む。
「あなたが地底辺境伯様の専属錬金術なのですね! お会いできて光栄です。いやぁ、素晴らしいゴーレムですなぁ」
「私は魔道具の中でもゴーレム作りが一番苦手でして……。どうか、アドバイスを頂けませんか?」
「あなたはとてもお若いとお見受けしますが、錬金歴はいかほどですか? ぜひ、私の師匠になってください」
わいわいと囲まれていると、胸がじんわり温かくなった。
――みんな、私の魔道具に興味を持ってくれたんだ。
お客さんの依頼を達成した時とは、また違った喜びを感じる。
自分の力が改めて認められたようで嬉しい……。
悪癖を抑えるようにして質問に答える。
大丈夫、平常心を心がければいい。
努めて冷静を意識するけど、わずか数分で限界がきた。
質問されるたび、答えるたび、私のモチベーションは沸騰する。
堪えても堪えきれない。
も、もうダメだ……悪癖が……爆発する……!
第二の被害者が出る直前、誰かの叫び声が轟き私は我に返った。
「ようやく見つけたぞ、フルオラ! 今日がお前の人生、最後の日だ!」
「お義姉様! 今日という今日は許しません! 今さら謝ってももう遅いですわ!」
ズギャアアン! という音が聞こえそうな勢いで、謎の男女が現れた!
「そんなに緊張しなくて大丈夫だ、フルオラ。別に殴り合うわけではないだろう」
「そ、それはそうでございますが……」
ここは洞窟の前に広がる草原の活気あふれる様子を見て、私は急激に緊張してきた。。
とうとう“錬金博覧会”の日がやってきた。
1ヶ月くらいはあったはずだけど、準備をしているとあっという間に過ぎ去ってしまった。
いつもは平らな草原みたいで心安らぐ静かな場所なのだけど、今は多種多様な魔道具が置かれ錬金術師たちが集まり、お祭りみたいに大変に賑やかだ。
空に浮かぶ気球のような魔道具に、自動で走る馬車型の魔道具、そしてルオちゃんよりずっと小さなゴーレムたち……。
ルオちゃんはというと、まだ布を被せて隠してある。
直前に見せた方が印象的だろう、というアース様のアイデアだった。
「みんな錬金術が好きな者ばかりだ。君ともきっと楽しい話ができるだろう」
「参加者の方々もたくさんお集まりいただいて気合が入りますね」
「暗黒地底での開催は人が来ないと思っていたが、集まってよかった。おそらく、フルオラの良いウワサがビトラ経由で広がっていたのかもしれないな。彼女は口が軽いし」
見渡す限り、たくさんの錬金術師たちが集まっている。
こんなに大勢の錬金術師を見るのは初めてだ。
個人で参加している人、数人のグループで参加している人、何人もの団体で参加している人、様々だ。
私はずっと一人で錬金術を磨いていたし重度のコミュ障なので、彼らとうまく話せるか不安だった。
前世に読んだ「簡単な会話の仕方」的な本を思い出すけど、まったく内容を覚えていなくてあっという間に詰んでしまった。
どうすればいいの~と頭を抱えていたら、クリステンさんが静々と私たちの近くに来た。
こんなに大勢が集まっていても、まったく慌てていないのはさすがのS級メイドだ。
「グラウンド様、そろそろ開催の挨拶をお願いできますか?」
「ああ、そうだな。では、フルオラはここで待っていてくれ」
「いってらっしゃいませ、アース様」
壇上に向かう二人を見送る。
この地を治める領主の挨拶を持って、“錬金博覧会”の正式な開催だと聞いていた。
二人の背中を見ながら、顔をパンッ! と叩いて気合を入れた。
この程度で怖気づいてちゃダメだ、フルオラ。
だって……。
――私はアース様の専属錬金術師なのだから。
専属錬金術師として立派なところを見せなければ、アース様に申し訳が立たないでしょう。
コミュ障を克服して悪癖を抑えて錬金術師たちと楽しく会話する。
強く決心する中アース様は壇上に上がり、会場は徐々に静かになった。
「地底辺境伯のアース・グラウンドだ。本日はお集まりいただき感謝申し上げる。では……第一回“錬金博覧会”の開催をここに宣言する!」
「「おおおー!」」
拍手が湧き歓声が上がり、いよいよ“錬金博覧会”が始まった。
参加者はわいわいとお目当ての魔道具に向かう。
今気づいたけど、ほとんどの錬金術師は付き添いの人を連れていた。
代わりばんこに魔道具の管理をするのだ。
右も左も人が行き交う。
超インドアな私には刺激的な光景で気後れしていると、アース様が戻ってきた。
「フルオラ、もうルオ……君の布を外してもいいんじゃないか?」
「あ、そ、そうですね。……えいっ」
布をガバッとめくると、ルオちゃんが出てきた。
見た目は錬成したときと同じでも、中身は一味違う。
『やっと遭逢完遂……ママ』
「ごめんね、暑くなかった?」
『適正温度……至極快適……ママ』
ルオちゃんは学習を重ね、以前より難しい言葉も話せるほどに成長した。
のだけど、私のことは未だにママ呼びだった。
そして、ルオちゃんと話していると、アース様はなぜか不機嫌になられる。
今もまたそっぽを向いて、暗黒地底の岩壁を眺めていた。
「アース様、いったいどうしたので……」
「別にぃ……」
つーんとしたまま返答されるのもお決まりの反応。
いったいなんで……。
この一か月ずっと考えているけど、これまた未だにわからない。
もしかして……。
――ルオちゃんみたいなゴーレムが欲しいってことかな。
フルオラだけお話ししててずるい! って思ってるとか。
……あり得る。
ルオちゃんの調整は結構難しく、他のゴーレムを作る余裕がなかったのだ。
“錬金博覧会”が終わったらアース様の分も錬成しようか。
そんなことを考えていたら、数人の男女が近寄ってきた。
「お師匠様、色んな魔道具がありますね。さっきから僕は興味を惹かれてばかりです」
「これほど大きな博覧会はワシも初めてじゃ。おや? ずいぶんと大きなゴーレムがあるの」
「行ってみましょう、師匠」
錬金術師の面々だ。
初老の男性が一人に、若い男女が二人。
きっとおじいさんは彼らの師匠だ。
色んな魔道具を見せながら、あれこれと説明しているもん。
アース様の前に来ると、三人は丁寧にお辞儀した。
「地底辺境伯様。この度はワシらをご招待くださり、誠にありがとうございます。そちらのお嬢さんもお屋敷の方ですかな?」
「ぜひ楽しんでいただきたい。こちらにいるのは私の専属錬金術師、フルオラだ。彼女には暗黒地底の劣悪な環境をこれ以上ないほど改善してもらっている」
私が専属錬金術師と聞き、初老の錬金術師は興味深そうに私を見た。
気が引き締まり背筋が伸びる。
「あなたがフルオラ嬢でございましたか! 類まれな実力ということで、巷では有名ですぞよ。お会いできるのを楽しみにしておりましたわ。さぞかし優秀な方なんでしょうな」
「フ、フルオラ・メルキュールですっ。よろしくお願いしまっす」
ピシリと礼儀正しくご挨拶する。
私がお辞儀すると、ルオちゃんもお辞儀した。
偉いね。
「こちらがフルオラ嬢の造られたゴーレムですか。大変に力強く立派ですなぁ」
『我が名はルオちゃん。好んで止まない存在はママ』
「「しゃ、喋ったぁ!?」」
ルオちゃんの言葉を聞くと、錬金術師たちは一様に驚いた。
やはり、彼らも人語を話すゴーレムは初めて見たらしい。
「お、お師匠様! ゴーレムが話しています! そんなゴーレムがこの世にあるのですか!?」
「ワ、ワシも初めて見たぞよ……これは誠にすごいゴーレムじゃ……。どうやって造られたのか知りたくてたまらんわい」
「まさか、お師匠様を超える錬金術師がいるなんて思いもしませんでした……世界は広いですねぇ……。フルオラ嬢に質問したいです」
初めてとなる同業者との問答が始まりそうだ……。
超インドアな私にはハードルが高すぎる。
ドキドキするな……専属鍛冶師としての威厳を見せなければ……アース様の信用にかかわる。
だけど、もう倒れそう……。
先ほど決心したばかりなのに、すでに追い詰められていた。
私はきっと一言も話せない。
申し訳ございません、アース様……。
「フルオラ嬢、人語を理解する方程式について質問があるのじゃが……」
初老の錬金術師に尋ねられた瞬間、私の不安はたちまち消え失せ、代わりに猛烈なモチベーションに支配された。
「よぉくぞ聞いてくださいましたー! 人の言葉がわかるように理論を考えるのは本当に難しかったですね! 最も大事なのは、私たちが普段使う言葉を錬成陣に組み込むことです! ルオちゃんには自分で考える能力もつけたかったので……!」
そうだ、私はオタクだった。
自分の得意分野について話し出すと止まらない。
心配することなんて何もなかった!
□□□
「……であるからして~、ルオちゃんは人間みたいな形にしました。思考回路は今まで作ったゴーレムの方程式を応用したのですが~……」
「「は、はい……」」
ああ、説明するのは楽しいな~。
私の学んだこと、知っていることを全て説明して差し上げたい。
錬金術師の皆さんも真剣に聞いてくださっており、それもまた私の心に燃料を投下した。
いくら話しても話し足りないよ~。
ルンルンと話していたら、何かにトントンッと肩を叩かれた。
え? なんだろう? と思って後ろを見ると、アース様が立っている。
私の意識は少しずつ現実に舞い戻る。
「フルオラ、そろそろお終いにしてもらえないだろうか? かれこれ一時間も話しっぱなしでな。彼らも疲れているようだ」
「……え?」
その一言で意識は完全に現実へと戻り、改めて錬金術師の方々を見た。
皆さん息も絶え絶えで、初老の方に至っては今にも昇天しそうになっていた。
「……大変申し訳ございませんでした」
「い、いえ、詳しくお話ししてくださり、ワシらも大変勉強になりましたですじゃ……。ちょ、ちょっと休憩してからまた来ますのでな……」
「本当に申し訳ございませんでした……」
錬金術師さんたちはフラフラと立ち去る。
また……悪癖が爆発してしまった。
ちょっと気を抜いたらこれだ。
悪癖を矯正する錬金魔道具を作った方がいいかもしれないね。
『フルオラ殿ー、地底辺境伯様ー。久しぶりラビねー』
悪癖矯正魔道具の理論を組み立て出したとき、甲高い声が聞こえた。
前方から小さな女の子が歩いてくる。
長くて美しい白髪、丸い赤の目、大きなリュック、頭の上にはピコピコ動く長い耳。
この人は……。
「あっ、ビトラさん! お久しぶりです! もしかして、ビトラさんも魔道具を作られるんですか?」
『いやいや、わっちに魔道具なんか作れないラビ。良い品がないか探しに来たんだラビよ。“錬金博覧会”なんて魅力的な名前を聞いたら、居ても立っても居られなくなったラビ』
「なるほど、そうだったんですか」
ビトラさんは自分で歩いて商品を探すタイプらしく、常に商品を探していると言っていた。
錬金魔道具たちも世の中に出れる機会が増えたら嬉しいだろうね。
ルオちゃんを見ると、ほぉーっと物珍しさあふれる表情となった。
『でっかいゴーレムラビねー。これもフルオラ殿が作ったラビか?』
「ええ、ルオちゃんって言います」
『我が名はルオちゃん。ママ恋慕……』
『このゴーレムは喋るラビ!?』
錬金術師さんたちと同じようにビトラさんは驚く。
はぁーっとルオちゃんを見上げていた。
「ルオちゃんはとても頭がいいんですよ。歴史にも詳しいですし、暗算なんかも得意です」
『いやぁ、喋るゴーレムなんてわっちも初めての経験ラビ。やはり、フルオラ嬢の魔道具が一番ラビね。……さて、フルオラ殿。さっそくラビが、“ラビット・ラパン商会”にも何体か卸してくれないラビか? 一体の卸価格は最低でも200万で……』
すぐ商人モードに変わるのは、さすがのビトラさんだ。
営業トークを炸裂されていると、アース様がクリステンさんを呼んで助けに入ってくれた。
「クリステン」
「はい」
『フルオラ嬢にはゴーレム以外にも、もっと魔道具を作ってほしいラビ。《エアコン》も《照らしライト》も商会史上最高の収益なんラビが……あ、あの、ちょっ! まだ話は終わってないラ……!』
ビトラさんはクリステンさんに、力強く連行されていく。
どうやら、お屋敷のみんなは彼女の扱いに慣れているようだった。
ホッとすると同時にふと思う。
……私の早口も炸裂されるとこんな感じなのだろうか。
そんなはずは……! と思いながら、アース様にお礼を言う。
「あ、ありがとうございます、アース様。助けていただいて……」
「いや、礼には及ばない。商売の話は後にしてもらいたいだけだ。何より、ここには君と話したい者がたくさんいるようだからな」
「……え?」
辺りを見ると、知らないうちにたくさんの人に囲まれていた。
右も左もいっぱいの錬金術師。
みなさん、興奮した様子で私を取り囲む。
「あなたが地底辺境伯様の専属錬金術なのですね! お会いできて光栄です。いやぁ、素晴らしいゴーレムですなぁ」
「私は魔道具の中でもゴーレム作りが一番苦手でして……。どうか、アドバイスを頂けませんか?」
「あなたはとてもお若いとお見受けしますが、錬金歴はいかほどですか? ぜひ、私の師匠になってください」
わいわいと囲まれていると、胸がじんわり温かくなった。
――みんな、私の魔道具に興味を持ってくれたんだ。
お客さんの依頼を達成した時とは、また違った喜びを感じる。
自分の力が改めて認められたようで嬉しい……。
悪癖を抑えるようにして質問に答える。
大丈夫、平常心を心がければいい。
努めて冷静を意識するけど、わずか数分で限界がきた。
質問されるたび、答えるたび、私のモチベーションは沸騰する。
堪えても堪えきれない。
も、もうダメだ……悪癖が……爆発する……!
第二の被害者が出る直前、誰かの叫び声が轟き私は我に返った。
「ようやく見つけたぞ、フルオラ! 今日がお前の人生、最後の日だ!」
「お義姉様! 今日という今日は許しません! 今さら謝ってももう遅いですわ!」
ズギャアアン! という音が聞こえそうな勢いで、謎の男女が現れた!