婚約破棄された錬金術師ですが、暗黒地底に放り出されたら冷徹な辺境伯様との楽しい毎日が始まりました
第19話:魔女
夢のような“錬金博覧会”が閉会してから、あっという間に数日が経った。
自室のテーブルに名刺を広げると自然と微笑みが零れる。
「コミュ障の私がこんなに名刺を交換してしまったよ……ふひひひひ……」
錬金術師たちと交換した、たくさんの名刺。
眺めているだけで(私は用意するのを完全に忘れており、後日郵送することになった)、世界が広がったような、友達が増えたような気分で嬉しい。
陰に住んでいた前世ではこうはいかなかっただろう。
しばらく堪能してしまう。
ふひひひひ……という締まりのない笑顔を浮かべていると、扉がコツコツとノックされた。
「フルオラ、私だが」
「はいどうぞ」
真顔に戻り返事する。
あまり浸ると新たな悪癖になりそうだね。
十分に注意しなければ……。
「……どうした? ずいぶんと表情が険しいが」
「あ、いえ! 何でもございません!」
気がついたらアース様が目の前にいた。
今度は思考に没頭してしまった。
いやはや困ったもんだね。
そんな私に、アース様は穏やかな表情で話してくれる。
「フルオラ、”錬金博覧会”では大活躍だったな。参加者はみな、君に出会えたことが一番の収穫だったと言っていた。私も君の力が世間に認められて嬉しい」
「……嬉しいお言葉をありがとうございます。これも全てアース様が素晴らしい博覧会を開いていただいたおかげです。改めて感謝申し上げます」
椅子から立ち上がりお礼を述べる。
アース様に褒められて大変に嬉しく、私の心はパッと明るくなった。
”錬金博覧会”を開いてくださったことに、いくら感謝してもしきれない。
あの素晴らしい時間があったからこそ、私も存分に力を発揮することができたのだ。
「礼を言うのは私の方だ。君のおかげで人脈がグッと広がった。ずっと人嫌いの性格だったが、他人と話すのは意外にも楽しいと思えた」
「そうでございましたか。アース様も楽しんでいただけたら、それこそ錬金術師冥利に尽きます」
錬金術は魔導具を作るだけで楽しいけど、やっぱり誰かの役に立ってほしい。
何より、私を引き取ってくれたアース様の喜びは私の大きな喜びだ。
アース様はしばし黙ったかと思うと、ポツリと呟くように言った。
「正直なところ、私は開催が怖かったんだ」
「……え?」
予想もしないお話で、私はぽかんとしてしまった。
開催が怖かった……って、いったいどういうことだろう。
「暗黒地底や私に対する噂については、私もよく知っている。世間では恐れられているとな。"錬金博覧会”を開いても、誰も訪れずフルオラが悲しんでしまうのではないかと不安だったんだ」
「そう……だったのですか……」
アース様の心情をお聞きして、胸がキュッとじんわり痛くなった。
陰でそんなことを思ってらっしゃったなんて……。
私が楽しんでいる間もアース様はプレッシャーを感じていたのだ。
そう思うと、胸が締め付けられるようだった。
アース様は穏やかな表情のままお話を続ける。
「だが、君のおかげで暗黒地底や私に関する噂も改善されている。フルオラ、改めてお礼を言わせてくれ。毎日錬金魔導具を作ってくれてありがとう」
そのお言葉は私の心にじんわりと広がる。
嬉しさや喜びで胸がいっぱいになり、言葉が詰まりそうになってしまった。
「暗黒地底の恐ろしい噂もアース様が怖がられている噂も、私が全部吹き飛ばしてやります。私も最初は怖かったですが、実際にこの場所に来てわかったのです。アース様は……誰にも負けないくらい優しくて素晴らしい人だと」
「フルオラ……」
素直な気持ちをお伝えする。
アース様は私に最高の居場所を与えてくれた。
そのご恩に報いるため、私はこれからも錬金魔導具を作るんだ。
力強く決心する。
アース様は何も言わず、お部屋の中は少しずつ静かになる。
なんだろう……不思議と焦ったり怖くなるような気持ちはない。
暗黒地底で過ごすうち、アース様との距離が少しずつ縮んでいるのを感じるな……。
「フルオラ様、アース様、失礼いたします」
「うぉっ!」
「ひぇぇぇあっ!」
突然、静寂を切り裂くようなノックが聞こえ、私とアース様は大変に驚く。
心臓が喉から飛び出てグロテスクな光景を作るかと思ったけど、聞き覚えのある声に安心した。
「な、なんだ、クリステン! 入りなさい!」
「はい、お邪魔いたします。……おや、お取り込み中でございましたか。S級メイドたる私としたことがとんだ失礼を……」
「別に取り込み中ではない。そして、にまにまは止めなさい」
一転して、アース様は厳しい顔つきとなる。
クリステンさんはまったく動じず、にまにま笑顔を止めなかった。
それでも用件を話すときは真面目な顔になるので、さすがはS級メイドだと思った。
「アース様に来客でございます。マチルダ様でいらっしゃいます」
「……なに? 珍しいな」
お客さんの名前を聞くと、アース様は感心したような声音となった。
どうやら、昔のお知り合いらしい。
「あの……マチルダさんって誰ですか?」
「ああ、君は初対面だったな。魔女だ。自称"今世紀最高の”な」
「な、なるほど……」
魔女とはその名の通り、魔法が上手な女性のこと。
"今世紀最高”なんて聞くと緊張しちゃう。
「せっかくの機会だ。フルオラも紹介しよう。ついてきなさい」
「はい、お願いします」
「フルオラ様はきっと気に入れられると思います」
アース様とクリステンさんの後についてお屋敷を出る。
その方はお屋敷のすぐ前に立っていた。
私たちを見ると不気味な笑顔を浮かべる。
「ヒッヒッヒッ……久しぶりだね、アース。この"今世紀最高の”魔女、マチルダが来たからにはもう逃がさないよ」
暗黒地底に"今世紀最高の”魔女、マチルダさんがいらっしゃった。
自室のテーブルに名刺を広げると自然と微笑みが零れる。
「コミュ障の私がこんなに名刺を交換してしまったよ……ふひひひひ……」
錬金術師たちと交換した、たくさんの名刺。
眺めているだけで(私は用意するのを完全に忘れており、後日郵送することになった)、世界が広がったような、友達が増えたような気分で嬉しい。
陰に住んでいた前世ではこうはいかなかっただろう。
しばらく堪能してしまう。
ふひひひひ……という締まりのない笑顔を浮かべていると、扉がコツコツとノックされた。
「フルオラ、私だが」
「はいどうぞ」
真顔に戻り返事する。
あまり浸ると新たな悪癖になりそうだね。
十分に注意しなければ……。
「……どうした? ずいぶんと表情が険しいが」
「あ、いえ! 何でもございません!」
気がついたらアース様が目の前にいた。
今度は思考に没頭してしまった。
いやはや困ったもんだね。
そんな私に、アース様は穏やかな表情で話してくれる。
「フルオラ、”錬金博覧会”では大活躍だったな。参加者はみな、君に出会えたことが一番の収穫だったと言っていた。私も君の力が世間に認められて嬉しい」
「……嬉しいお言葉をありがとうございます。これも全てアース様が素晴らしい博覧会を開いていただいたおかげです。改めて感謝申し上げます」
椅子から立ち上がりお礼を述べる。
アース様に褒められて大変に嬉しく、私の心はパッと明るくなった。
”錬金博覧会”を開いてくださったことに、いくら感謝してもしきれない。
あの素晴らしい時間があったからこそ、私も存分に力を発揮することができたのだ。
「礼を言うのは私の方だ。君のおかげで人脈がグッと広がった。ずっと人嫌いの性格だったが、他人と話すのは意外にも楽しいと思えた」
「そうでございましたか。アース様も楽しんでいただけたら、それこそ錬金術師冥利に尽きます」
錬金術は魔導具を作るだけで楽しいけど、やっぱり誰かの役に立ってほしい。
何より、私を引き取ってくれたアース様の喜びは私の大きな喜びだ。
アース様はしばし黙ったかと思うと、ポツリと呟くように言った。
「正直なところ、私は開催が怖かったんだ」
「……え?」
予想もしないお話で、私はぽかんとしてしまった。
開催が怖かった……って、いったいどういうことだろう。
「暗黒地底や私に対する噂については、私もよく知っている。世間では恐れられているとな。"錬金博覧会”を開いても、誰も訪れずフルオラが悲しんでしまうのではないかと不安だったんだ」
「そう……だったのですか……」
アース様の心情をお聞きして、胸がキュッとじんわり痛くなった。
陰でそんなことを思ってらっしゃったなんて……。
私が楽しんでいる間もアース様はプレッシャーを感じていたのだ。
そう思うと、胸が締め付けられるようだった。
アース様は穏やかな表情のままお話を続ける。
「だが、君のおかげで暗黒地底や私に関する噂も改善されている。フルオラ、改めてお礼を言わせてくれ。毎日錬金魔導具を作ってくれてありがとう」
そのお言葉は私の心にじんわりと広がる。
嬉しさや喜びで胸がいっぱいになり、言葉が詰まりそうになってしまった。
「暗黒地底の恐ろしい噂もアース様が怖がられている噂も、私が全部吹き飛ばしてやります。私も最初は怖かったですが、実際にこの場所に来てわかったのです。アース様は……誰にも負けないくらい優しくて素晴らしい人だと」
「フルオラ……」
素直な気持ちをお伝えする。
アース様は私に最高の居場所を与えてくれた。
そのご恩に報いるため、私はこれからも錬金魔導具を作るんだ。
力強く決心する。
アース様は何も言わず、お部屋の中は少しずつ静かになる。
なんだろう……不思議と焦ったり怖くなるような気持ちはない。
暗黒地底で過ごすうち、アース様との距離が少しずつ縮んでいるのを感じるな……。
「フルオラ様、アース様、失礼いたします」
「うぉっ!」
「ひぇぇぇあっ!」
突然、静寂を切り裂くようなノックが聞こえ、私とアース様は大変に驚く。
心臓が喉から飛び出てグロテスクな光景を作るかと思ったけど、聞き覚えのある声に安心した。
「な、なんだ、クリステン! 入りなさい!」
「はい、お邪魔いたします。……おや、お取り込み中でございましたか。S級メイドたる私としたことがとんだ失礼を……」
「別に取り込み中ではない。そして、にまにまは止めなさい」
一転して、アース様は厳しい顔つきとなる。
クリステンさんはまったく動じず、にまにま笑顔を止めなかった。
それでも用件を話すときは真面目な顔になるので、さすがはS級メイドだと思った。
「アース様に来客でございます。マチルダ様でいらっしゃいます」
「……なに? 珍しいな」
お客さんの名前を聞くと、アース様は感心したような声音となった。
どうやら、昔のお知り合いらしい。
「あの……マチルダさんって誰ですか?」
「ああ、君は初対面だったな。魔女だ。自称"今世紀最高の”な」
「な、なるほど……」
魔女とはその名の通り、魔法が上手な女性のこと。
"今世紀最高”なんて聞くと緊張しちゃう。
「せっかくの機会だ。フルオラも紹介しよう。ついてきなさい」
「はい、お願いします」
「フルオラ様はきっと気に入れられると思います」
アース様とクリステンさんの後についてお屋敷を出る。
その方はお屋敷のすぐ前に立っていた。
私たちを見ると不気味な笑顔を浮かべる。
「ヒッヒッヒッ……久しぶりだね、アース。この"今世紀最高の”魔女、マチルダが来たからにはもう逃がさないよ」
暗黒地底に"今世紀最高の”魔女、マチルダさんがいらっしゃった。