婚約破棄された錬金術師ですが、暗黒地底に放り出されたら冷徹な辺境伯様との楽しい毎日が始まりました
第22話:許せない(Side:ペルビア③)
「おのれえええ、お義姉様めえええ」
メルキュール家に帰った後も、あたくしは怒りが収まらなかった。
お店として使っている離れのドアに閉店中の看板を出し、静かな店内で一人考える。
お義姉様のせいで大恥をかいたじゃないの。
しかも、大衆の面前で。
実力の違いを見せつけ、あたくしこそが国内最高峰の錬金術師であると証明……そして、三大公爵家などの大貴族のイケメン令息に乗り換える……。
作戦が台無しになってしまった。
悔しさに拳を硬く握っていたら、ヘラヘラした笑い声が聞こえた。
「おい、ペルビア~。ずいぶんとイライラしてんじゃねえか。どうした~?」
「……」
ナルヒン様は相変わらず調子の良さそうな顔と態度で話す。
むかついているときは一段と気に障るわね。
"錬金博覧会”で大恥をかいたからに決まっているでしょう。
説明しないとわからないのかしら。
思い返せば、ナルヒン様は何の役にも立たなかった。
地底辺境伯にもビビリ倒してばかりだったし。
面倒だし話すとよりイライラするので無視を決め込む。
ナルヒン様はあたくしの隣にどっかと座ると、偉そうに言った。
「せっかく来たんだから茶でも出してくれよ~。俺の妻になるんだからさ~。女だったら当然だろ~。この前飲んだハーブティーがいいな。あと、なんか菓子を持ってきてくれ。腹が減ってんだ」
もう我慢ならん。
抑えていた怒りが倍増し、思いっきり怒鳴りつける。
「誰のせいで失敗したと思っているの! せっかく、お姉様に実力の違いを見せつける良い機会だったのに!」
「は、はあ!? 俺のせいだって言うのかよ!」
あたくしが叫ぶと、ナルヒン様は責任逃れを始めた。
この期に及んで口答えをするなんて余計に許せない。
「だから、あんたが用意した素材が悪かったのよ! AランクとかSランクとか嘘だったんじゃないの! もっと高品質な素材だったら、もっと強いゴーレムができていたに決まっているわ!」
ナルヒン様を問い詰める。
そうだ。
元はと言えば、この人が用意した素材が悪かったせいで、あたくしは錬金術が失敗した。
全てナルヒン様がいけない。
「なんだと! 俺のせいにしてんじゃねえ! お前の錬金術が下手だったらゴーレムもしょぼいのしかできなかったんだよ!」
「いたっ!」
あろうことか、あたくしの頭をバシッと叩いてきた。
……いい度胸じゃないの。
「わかったら、さっさと茶を……ぐあああ!」
「調子に乗ってんじゃないわよ、ボンボン役立たず! あんたのせいったらあんたのせいなのよ!」
力の限り脛を蹴り上げる。
硬いヒールの先を叩きつけてやったわ。
ナルヒン様は地面に崩れ落ち動かなくなった。
あんなに偉そうにしていたくせに滑稽ね。
せいぜい痛みとともに力の差を感じていればいいわ。
こんなんじゃ、今日はもう何も手につかないわね。
後でナルヒン様に高級ブランドの最新ドレスを買わせましょう。
それくらいしてもらわないと割に合わないわ。
そう思っていたら、開かないはずの扉がカランッと開いた。
「取り込み中のところ失礼。少し話してもよろしいかな」
入ってきたのは中折れ帽を深く被った背の高い男性。
右手に持つは、蛇の頭の彫刻が象られた高そうなステッキ。
黒い革靴は陽光に反射するほど磨き上げられ、ブレザーもスラックスも仕立ての良さがよくわかる。
いつも訪れる下級貴族や庶民と違う上客だ。
喜べるはずが、今は気分の悪さが勝る。
タイミングの悪い客ね。
というより、今は閉店中の看板を出しているはずだ。
「だ、誰? 鍵は閉めたはずだけど……」
客は後ろ手に扉を閉める。
不気味なオーラにある種の嫌悪感を感じ、そっとナルヒン様を起こす。
襲われでもしたら壁になってもらいましょう。
客はやけに落ち着いた様子で話す。
「閉店中とは知っていたが、どうしてもペルビア嬢に頼みたいことがあってな。もちろん、君たちの利益にもなる良い話だ」
「あ、あたくしに頼みたいこと? そ、それに利益って……?」
そこまで話したところで、客は帽子を取った。
素顔が明らかになった瞬間、あたくしの全身には強い衝撃が走った。
灰色のくすんだ髪の毛に、同じく灰色の狐のように狡猾そうな瞳、こけた頬……。
この国で名前を知らない人はいない。
――さ、三大公爵家のヴェンシェドール公爵だ。
まさか、そんな偉い人が来るなんて……。
緊張感でゴクリと唾を飲む中、ナルヒン様は途端にペコペコし始めた。
「これはこれはヴェンシェドール公爵。ようこそお出でくださいました。いやぁ、こんなみずぼらしい店ですみませんねぇ」
……は?
急に何言ってんのよ。
ほんとに調子の良い男ね、こいつは。
そんなナルヒン様を見て、ヴェンシェドール公爵はニヤリとしながら言う。
「貴殿がペルビア嬢の婚約者のナルヒン君か。こんなに美しい女性が婚約者とは羨ましいな」
その言葉を聞いて納得した。
なんだ、ヴェンシェドール公爵が来たのはあたくしの美貌のおかげだったの。
お姉様だったらこうはいかなかったでしょうね。
幾分かあたくしの機嫌は治った。
「ヴェンシェドール公爵、あたくしに用とはなんでしょうか……?」
「ああ、とある人物の誘拐に協力してほしいのだ」
「「ゆ、誘拐……?」」
あたくしとナルヒン様は揃って尋ね返す。
思いもしない展開だ。
い、いきなり何を言い出すのよ。
どんなことをさせられるのか不安と心配が胸に渦巻いたとき、ヴェンシェドール公爵は淡々と言った。
「誘拐の対象は……君の義姉フルオラ・メルキュールだ。我が輩の計画に邪魔なのでな。あの女にはこの世から消えてもらねばならん」
お義姉様の名前を聞いた瞬間、不安や心配なんて消えてなくなってしまった。
むしろ喜ばしいことだ。
復讐のチャンスがこんなに早く来るなんて……。
「どうぞ、ヴェンシェドール公爵。中で詳しくお聞きしましょう」
「ククク……ありがとう、ペルビア嬢」
ヴェンシェドール公爵を店の奥に案内する。
強力な味方ができ、あたくしは自分も強くなったような気分になる。
地底辺境伯はあくまでも辺境伯。
公爵の方が何倍も偉いのよ。
お義姉様が偉そうにしていられるのも今だけね。
第二の復讐が今から始まる。
全てうまくいくに決まっているわ。
こっちには三大公爵家がついているんだから。
メルキュール家に帰った後も、あたくしは怒りが収まらなかった。
お店として使っている離れのドアに閉店中の看板を出し、静かな店内で一人考える。
お義姉様のせいで大恥をかいたじゃないの。
しかも、大衆の面前で。
実力の違いを見せつけ、あたくしこそが国内最高峰の錬金術師であると証明……そして、三大公爵家などの大貴族のイケメン令息に乗り換える……。
作戦が台無しになってしまった。
悔しさに拳を硬く握っていたら、ヘラヘラした笑い声が聞こえた。
「おい、ペルビア~。ずいぶんとイライラしてんじゃねえか。どうした~?」
「……」
ナルヒン様は相変わらず調子の良さそうな顔と態度で話す。
むかついているときは一段と気に障るわね。
"錬金博覧会”で大恥をかいたからに決まっているでしょう。
説明しないとわからないのかしら。
思い返せば、ナルヒン様は何の役にも立たなかった。
地底辺境伯にもビビリ倒してばかりだったし。
面倒だし話すとよりイライラするので無視を決め込む。
ナルヒン様はあたくしの隣にどっかと座ると、偉そうに言った。
「せっかく来たんだから茶でも出してくれよ~。俺の妻になるんだからさ~。女だったら当然だろ~。この前飲んだハーブティーがいいな。あと、なんか菓子を持ってきてくれ。腹が減ってんだ」
もう我慢ならん。
抑えていた怒りが倍増し、思いっきり怒鳴りつける。
「誰のせいで失敗したと思っているの! せっかく、お姉様に実力の違いを見せつける良い機会だったのに!」
「は、はあ!? 俺のせいだって言うのかよ!」
あたくしが叫ぶと、ナルヒン様は責任逃れを始めた。
この期に及んで口答えをするなんて余計に許せない。
「だから、あんたが用意した素材が悪かったのよ! AランクとかSランクとか嘘だったんじゃないの! もっと高品質な素材だったら、もっと強いゴーレムができていたに決まっているわ!」
ナルヒン様を問い詰める。
そうだ。
元はと言えば、この人が用意した素材が悪かったせいで、あたくしは錬金術が失敗した。
全てナルヒン様がいけない。
「なんだと! 俺のせいにしてんじゃねえ! お前の錬金術が下手だったらゴーレムもしょぼいのしかできなかったんだよ!」
「いたっ!」
あろうことか、あたくしの頭をバシッと叩いてきた。
……いい度胸じゃないの。
「わかったら、さっさと茶を……ぐあああ!」
「調子に乗ってんじゃないわよ、ボンボン役立たず! あんたのせいったらあんたのせいなのよ!」
力の限り脛を蹴り上げる。
硬いヒールの先を叩きつけてやったわ。
ナルヒン様は地面に崩れ落ち動かなくなった。
あんなに偉そうにしていたくせに滑稽ね。
せいぜい痛みとともに力の差を感じていればいいわ。
こんなんじゃ、今日はもう何も手につかないわね。
後でナルヒン様に高級ブランドの最新ドレスを買わせましょう。
それくらいしてもらわないと割に合わないわ。
そう思っていたら、開かないはずの扉がカランッと開いた。
「取り込み中のところ失礼。少し話してもよろしいかな」
入ってきたのは中折れ帽を深く被った背の高い男性。
右手に持つは、蛇の頭の彫刻が象られた高そうなステッキ。
黒い革靴は陽光に反射するほど磨き上げられ、ブレザーもスラックスも仕立ての良さがよくわかる。
いつも訪れる下級貴族や庶民と違う上客だ。
喜べるはずが、今は気分の悪さが勝る。
タイミングの悪い客ね。
というより、今は閉店中の看板を出しているはずだ。
「だ、誰? 鍵は閉めたはずだけど……」
客は後ろ手に扉を閉める。
不気味なオーラにある種の嫌悪感を感じ、そっとナルヒン様を起こす。
襲われでもしたら壁になってもらいましょう。
客はやけに落ち着いた様子で話す。
「閉店中とは知っていたが、どうしてもペルビア嬢に頼みたいことがあってな。もちろん、君たちの利益にもなる良い話だ」
「あ、あたくしに頼みたいこと? そ、それに利益って……?」
そこまで話したところで、客は帽子を取った。
素顔が明らかになった瞬間、あたくしの全身には強い衝撃が走った。
灰色のくすんだ髪の毛に、同じく灰色の狐のように狡猾そうな瞳、こけた頬……。
この国で名前を知らない人はいない。
――さ、三大公爵家のヴェンシェドール公爵だ。
まさか、そんな偉い人が来るなんて……。
緊張感でゴクリと唾を飲む中、ナルヒン様は途端にペコペコし始めた。
「これはこれはヴェンシェドール公爵。ようこそお出でくださいました。いやぁ、こんなみずぼらしい店ですみませんねぇ」
……は?
急に何言ってんのよ。
ほんとに調子の良い男ね、こいつは。
そんなナルヒン様を見て、ヴェンシェドール公爵はニヤリとしながら言う。
「貴殿がペルビア嬢の婚約者のナルヒン君か。こんなに美しい女性が婚約者とは羨ましいな」
その言葉を聞いて納得した。
なんだ、ヴェンシェドール公爵が来たのはあたくしの美貌のおかげだったの。
お姉様だったらこうはいかなかったでしょうね。
幾分かあたくしの機嫌は治った。
「ヴェンシェドール公爵、あたくしに用とはなんでしょうか……?」
「ああ、とある人物の誘拐に協力してほしいのだ」
「「ゆ、誘拐……?」」
あたくしとナルヒン様は揃って尋ね返す。
思いもしない展開だ。
い、いきなり何を言い出すのよ。
どんなことをさせられるのか不安と心配が胸に渦巻いたとき、ヴェンシェドール公爵は淡々と言った。
「誘拐の対象は……君の義姉フルオラ・メルキュールだ。我が輩の計画に邪魔なのでな。あの女にはこの世から消えてもらねばならん」
お義姉様の名前を聞いた瞬間、不安や心配なんて消えてなくなってしまった。
むしろ喜ばしいことだ。
復讐のチャンスがこんなに早く来るなんて……。
「どうぞ、ヴェンシェドール公爵。中で詳しくお聞きしましょう」
「ククク……ありがとう、ペルビア嬢」
ヴェンシェドール公爵を店の奥に案内する。
強力な味方ができ、あたくしは自分も強くなったような気分になる。
地底辺境伯はあくまでも辺境伯。
公爵の方が何倍も偉いのよ。
お義姉様が偉そうにしていられるのも今だけね。
第二の復讐が今から始まる。
全てうまくいくに決まっているわ。
こっちには三大公爵家がついているんだから。