婚約破棄された錬金術師ですが、暗黒地底に放り出されたら冷徹な辺境伯様との楽しい毎日が始まりました

第3話:上客が……(Side:ペルビア①)

「あのときのフルオラの顔は見ものだったなぁ! 目が点になっていたぞ! 大方、俺様に婚約破棄されるなど思っても見なかったんだろう! グワァハハハハ!」
「今ごろは地底辺境伯に食べられているでしょう。いや、暗黒地底で迷って飢え死にしているかもしれませんわ! オーホッホッホッ!」
 お義姉様を追放してから数日後。
 あたくしはナルヒン様と共に、メルキュール家でのんびりとティータイムを楽しんでいた。
 今日のおやつはスコーン。
 クロードザック家で育てられている果物がぎっしり詰まっている。
 紅茶だって外国産の高級茶葉。
 ああ、なんて優雅な時間でしょう。
「ところで、ペルビア。魔道具の製作はうまくいっているのか?」
「ええ、もちろんでございますわ。お義姉様より、あたくしの方がずっと上手なんですの」
「ははは、そりゃぁいい。父上にも早くお前の魔道具を見せてやりたいぜ」
 錬金術のことはよく知らないけど簡単に決まっている。
 あたくしは本を読むのも勉強するのも嫌いだから、錬金術については詳しくなかった。
 でも、あたくしにもできるはず。
 だって、あのお義姉様にできたのよ。
 いつもちょいちょいと絵を描いて、適当に素材を並べていた。
 それくらいなら簡単よ。
「「ペルビア様、お客様でございます」」
 ナルヒン様とお茶を飲んでいたら、召使いがやってきた。
 楽しいひと時を邪魔され、不機嫌な気持ちになる。
「何かしら。わざわざ来るのだから大事な用なんでしょうね?」
「おい、何だよ。うるせえなぁ」
「「申し訳ございません、ペルビア様、ナルヒン様。ですが、魔道具の修理をしてほしいとのことでして……」」
 ああ、そうだ。
 メルキュール家は魔道具の販売の他にも、修理を行っていたんだ。
 客だろうが、あたくしはティータイムを楽しんでいる。
「今は休憩中よ。待ってもらうよう伝えて」
 お義姉様は食事中でも休憩中でも、客が来たらすぐお店に出ていた。
 ま、その根性だけは認めてやるわ。
 でも、あたくしとお義姉様は違う。
 休みは休み。
 出直してもらいましょう。
 ティータイムを再開する。
 ナルヒン様と見つめ合ったところで、男女の声が割り込んできた。
「「そ、それが、至急のご依頼のようでして……」」
 消えたと思った召使いたちだ。
 まだ部屋の中にのさばっている。
「だから、待つように伝えるのよ。早くお店に行きなさい」
「「し、しかし、私どもではお伝えするのが難しく……」」
 召使いたちはもじもじするばかりで埒が明かない。
 だんだん面倒になってきたので、やけくそに叫んだ。
「ああ、もう! しょうがないわね! わかったわ、今行くから!」
「早く戻ってこいよ、ペルビ……ぐぁぁっ!」
 ヘラヘラしたナルヒン様がムカついたので、腹を殴って黙らせる。
 まぁいいわ。
 適当に切り上げてティータイムを再開しましょう。
 だらだらとお店に向かうと、気難しそうなオジサンが数人の護衛とともに待っていた。
 オールバックにしたグレーの髪に、薄い青色の目。
 老けているけど美男子の名残がある。
 入店の許可は与えましょう。
 見ていたら、徐々に心臓がドキドキしてきた。
 え……う、うそ……この人は……。
「シ、シリアス侯爵っ!?」
 いらっしゃったのはシリアス侯爵。
 この王国でも指折りの名貴族だった。
 どうしてこんな弱小貴族の家に来たの……?
「君は誰だね? 見ない顔だが。メルキュール家の新しいメイドか?」
「あ、あたくしはメイドではございませんわ。この家の麗しい令嬢ペルビアでございます」
「そうだったのか。あまりにもけばけばしいので、まさか令嬢だとは思わなかった」
「うふふ、ご冗談のお上手なことで」
 怒りを押し殺して返事する。
 前言撤回。
 あたくしの美貌が伝わらないなんてこいつはダメね。 
 入店の許可は取り消しよ。
「さて、フルオラ嬢を呼んでくれないか? ペラ……ペリ……ペロンガ嬢」
「……ペルビアでございます」
「まぁ何でもいい。さっさと呼んでくれたまえ」
 ……何かしら、このおじさん。
 あまりの失礼さに血が沸騰しそうになった。
 このあたくしをぞんざいに扱う人間は何人たりとも許さない。
 怒りを懸命に飲み殺し、追放の件を伝えてやる。
「お言葉ですが、お義姉様はもういません」
「なんだと!? フルオラ嬢がいない!? いったい何があったんだ! 病気か!? 事故か!?」
 シリアス侯爵は動転しながら詰め寄ってくる。
 あたくしの時とお義姉様の時で全然反応が違うんですけど……。
 せっかく追い出したのに、不快な気持ちで心が満たされる。
「病気でも事故でもありませんわ。もう用無しになったので、この家から追放されたのです」
「よ、用無しに、追放? いったいどういうことだ。だったら、誰が魔道具の製作を行うのかね?」
「あたくしでございます」
 大きな声で告げてやった。
 お義姉様の代わりとしては、もったいないくらいでしょうに。
「君が……? 魔道具の……修理をするのか……? ……錬金術で?」
 は?
 シリアス侯爵は目を白黒させている。
 あろうことか、数人の護衛も一緒に。
 ナルヒン様だったら滅多打ちにするところだけど、そうはいかない。
 このおじさんは侯爵だ。
 機嫌を損ねてしまうのはまずい。
 笑顔を心掛けるが、どうしても引きつってしまう。
「こ、こう見えてもあたくしは錬金術が得意なんですの。それはもう、お義姉様の十倍は得意ですわ」
「まったくそうは見えないが……」
 いちいち失礼なおじさんね!
 もういいや。
 さっさと追い払おう。
 こんなにイライラしてたら美容に悪いわ。
「申し訳ございません。ご用件がないのでしたら、お引き取りを……」
「まぁ、君しかいないのなら仕方がないな。至急、この魔道具を修理してくれないか?」
 シリアス侯爵は一つの魔道具をカウンターに置いた。

《水魔鉄砲・ウォーターガン》
 ランク:A
 属性:水
 能力:溜めた魔力を水に変えて噴射する玩具。魔力をたくさん貯めれば、モンスターも追い払えるほどの威力が出る。

 エ、Aランクの魔道具じゃないの。
 こんな上等の品は見たことがなかった。
 予想外の魔道具を出され、背中に嫌な汗が流れる。
「こ、こちらの修理を……?」
「ああ、そうだ。息子が気に入って遊んでいたのだが、先日壊れてしまってな。直してくれ。もちろん、急な頼みだから金は多く払う。金貨20枚出す」
 シリアス侯爵は重そうな袋を置いた。
 中からはたくさんの金貨が。
 かなりの大金を見て、思わず喉がごくりと鳴った。
 これだけあれば欲しかったドレスが根こそぎ買える……。
「では、お引き受けいたします。少々お待ちくださいませ」
「よろしく頼む」
 《ウォーターガン》を抱えて倉庫に向かう。
 お義姉様はいつもここで錬金術を行っていた。
 両脇には素材が保管された棚がある。
 適当に水属性の物をいくつか選ぶ。
 どうやら属性ごとに分類されているようで、すぐに集めることができた。
 ふんっ、お義姉様にしてはやるじゃないの。
 よくわからないモンスターの爪、よくわからない石、よくわからない粉の三つだ。
 さーって、後は錬成陣ね~。
 ちょいちょいちょい~っと。
 お義姉様の真似をして、適当に描く。
 あっという間に完成した。
 さすがはあたくし。
 《ウォーターガン》と素材を適当に並べる。
「【錬成】!」
 魔力を込めると、錬成陣と素材たちが黒っぽい光に包まれた。
 お義姉様とは違う気がするけど……まぁ、大丈夫でしょう。
 数分もしないうちに光は消えると、《ウォーターガン》だけ残っていた。
 はいはい、修理完了。
 完璧に直った《ウォーターガン》を持ってお店に戻る。
「お待たせしました、侯爵様。修理が完了いたしました」
「おおっ、できたか! でかしたぞ、ペリ……ペロ……ペラライカ嬢!」
「……ペルビアでございます」
 まぁいいわ。
 このおじさんに用はない。
 金貨だけ手に入ればそれでいい。
「どれ、さっそく試し打ちしてみよう……うわぁあ! 水がぁっ!」
「「旦那様!」」
 突然、《ウォーターガン》全体から水が激しく噴き出した。
 それはもう噴水の方に勢い良く。
「こ、これはいったいなんだ! ペロリル嬢、どうにかしたまえ!」
「ですから、ペルビアでございます!」
「「旦那様、今助けますゆえ!」」
 護衛が《ウォーターガン》を取ろうとするけど、シリアス侯爵の手に張り付いているようでまったく取れない。
 え、え、え、何がどうなっているのよ。
 あたくしの方が聞きたいわ。
 わずか十数秒で、シリアス侯爵はおろか、お店の中が水浸しになってしまった。
 不気味な沈黙に包まれる室内。
 何を言われなくても、シリアス侯爵がどう思っているかはよくわかった。
 怒りのオーラが滲み出ているから。
 さすがのあたくしも慌てて謝った。
「も、申し訳、ご、ございませんでし……た。どうやら、素材同士の相性が悪かったようで……」
「……この件は国王陛下にも報告させてもらおうか。貴様の素晴らしい魔道具により、私たちは当分水に困らないだろうとな」
「ほ、本当に申し訳ございませんでした……次お越しになられたときはきちんと……」
「もう二度と来るか! 貴様のような無能に修理を頼んだ私が馬鹿だったわ! 護衛! フルオラ嬢の行方を探せ!」
「「はっ!」」
 シリアス侯爵は護衛を引き連れ、ずかずかとお店を出る。
 ちょ、ちょっと待ってよ、まだ代金を貰ってないじゃないの。
 慌てて追いかけ、シリアス侯爵の袖を掴んだ。
「お、お待ちください! 金貨は!?」
「払うわけないだろう! 離せ! メルキュール家にはもっと大きな仕事も任せようと思っていたがもう知らん! 全てフルオラ嬢に任せる!」
 あたくしを怒鳴りつけると、彼らは馬車に乗り、さっさと立ち去ってしまった。
 というより、大きな仕事って……。
 子ども用の魔道具の修理だけで金貨20枚も出すのだ。
 もし上手くいっていれば、どれくらいの利益になっていたことか。
 タダ働きさせられた挙句、金の卵を逃してしまった。
 この後悔は計り知れない。
 怒りやら後悔やらに身を焦がしていると、ナルヒン様がヘラヘラしながら出てきた。
「お~い、どうしたぁ? さっさと戻って……」
「うるさいわね! あんたはいつも遅いのよ!」
「ぐあああ!」
 腹立たしいので、局部を蹴り上げ黙らせる。
 とにかく、怒りの矛先をどこかに向けたかった。
「これも全てお義姉様のせい! お義姉様のせいよ! あんたも復讐の方法を考えなさい!」
「わ、わかった。わかったから蹴るな……おのれええ、フルオラめええ!」
 どうやってお義姉様に復讐してやるか、ナルヒン様と深夜まで考えていた。
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