婚約破棄された錬金術師ですが、暗黒地底に放り出されたら冷徹な辺境伯様との楽しい毎日が始まりました
第4話:手違い
「ちょ、ちょっとお待ちください。こちらの書類にはそう書いてあるのですが……」
「見せてくれるか?」
メルキュール家に届いたあの手紙を渡す。
辺境伯様はしばし眺めたかと思うと、額にがっくりと手を当てた。
「なるほど、たしかにこれは婚姻を決める書類だ。古い友人に人探しを頼んだのだが、色々と勘違いしたらしい。私もせっかちな性格があってな、ろくに確認しなかった。申し訳ない」
「あ、いえ、こちらこそお騒がせして申し訳ございません」
地底は人里離れているから、手紙を出すだけでも手違いが生じるのかもしれない。
ところで、人探しって誰かを探していたのかな?
と思ったとき、辺境伯様がお話しになられた。
「私が今回募集したのは、地底屋敷の専属錬金術師だ」
「専属……錬金術師……?」
なにそれ、婚姻なんかよりそっちの方がよっぽど興味あるんですが。
途端にワクワクしてきた。
何段階か上昇したテンションを押しとどめながら詳細を聞く。
「専属錬金術師を募集していたのはどうしてですかっ?」
「私はずっと剣術の修行に出ていたが、父の引退により地底屋敷へと戻ってきてな。だが、あまりの環境の悪さに辟易しているんだ。正直、かなり参っている」
「たしかに、すごく暑いしジメジメしてますよね」
ここに歩いて来るだけで、服は汗でじっとりと濡れてしまった。
毎日こんなに暑いのでは大変だろう。
地底辺境伯様は渋い顔のまま言葉を続ける。
「そこで、環境を改善できる魔道具や魔法を使える人間を探したが、悉く失敗された。地底で採れた素材も自由に使わせていたのだが……。どうやら、名立たる錬金術師や魔法使いたちにとっても非常に難易度が高いらしい」
「なるほど……」
「暑さや湿気もそうだが、暗黒地底の環境の悪さは世界でもずば抜けている。私も各地を旅したが、ここの劣悪さはずば抜けている。改善の余地は掃いて捨てるほど余りある始末だ。ここに来た錬金術師は仕事が無数にあるだろう」
「……ほぁぁ~」
聞けば聞くほど魅力的な話が出てくる。
こんな地底で魔道具の製作に打ち込めるなんて、それこそインドア派筆頭の私にとっては夢のようだ。
「募集した魔法使いやら錬金術師やらを断るうちに、誰も来なくなってしまった。まぁ、元々暗黒地底や私についての良いウワサはないが……さて、クリステン。悪いが金貨を10枚ほど持ってきてくれ。迷惑料として彼女に渡したい」
「承知いたしました」
おや? ……話の流れが? ……変わったぞ?
クリステンさんは、さらさらとお部屋の出口へ。
え、ど、どういうこと。
「君もこんなところまで悪かったな。こちらの手違いで手間をかけてしまった。どうか、これで手を打ってほしい」
私の心中などいざ知らず、辺境伯様は淡々と告げる。
金貨で手を打つ。
それはつまり……。
「ちょーっとお待ちください、辺境伯様! クリステンさんもそこでストーーーップ!」
「うぉっ! な、なんだ!?」
「どうなさいましたか、フルオラ様!?」
思わず大きな声を出してしまった。
せっかく目の前に転がってきた、引きこもりライフの大チャンスが逃げちゃう。
「辺境伯様、実は私も錬金術師なのです」
「……なに? そうなのか?」
「はい。先ほど暴走……こほんっ……取り乱したときの光は、この魔道具で生み出しました。どうぞ使ってみてください」
件の《照らしライト》を差し出す。
辺境伯様が恐る恐る出っ張りを押すと、あの光がぽっと灯った。
「ほぉ、実際に魔道具を扱うのは初めてだが不思議なものだ」
「出っ張りをもう一度押していただくと光は消えます」
灯りが消えた後も、辺境伯様は感心した様子で《照らしライト》を触る。
こんなときになんだけど、自分の開発した魔道具に興味を持ってくれるのは嬉しいね。
「君はこれ以外の魔道具も作れるのか?」
「ええ、もちろん開発できます。実家では四六時中、魔道具を造って生計を助けていました」
「……四六時中?」
ハキハキと答えると、辺境伯様は怪訝な顔をされた。
どうしたんだろう、こんな小娘じゃ説得力がなかったのかな。
「君は強制的に働かされていたのか?」
「いえ、違います! 実家では日々魔道具を作るよう指令を受けておりましたが、むしろご褒美でございました! 婚約破棄されはしましたが、記憶の深海へ沈めてしまいました」
「「婚約破棄!?」」
今度はクリステンさんにも大声を出されてしまった。
慌てて事の詳細を伝える。
お二人は真剣な面持ちで聞いてくれた。
「なるほど……そうだったのか。世の中には酷い人間もいるものだ。君は辛い経験をしてきたんだな」
「まさか、フルオラ様がそのような仕打ちを受けられていたなんて……。S級メイドの私もオヨヨでございます……」
さすがの辺境伯様も例の二人については引いていた。
クリステンさんに至っては、オヨヨ……とハンカチで涙を拭いている。
「ま、まぁ、私は錬金術ができていればそれで良かったので……」
「私は魔道具はおろか、魔法に関してはずぶの素人なのだが、魔道具を作るのは辛いか?」
「全然辛くありません! とにかく錬金術が前世から……けほんっ、昔から好きなんです。探求するたび新しい景色が開きまして、未開拓の領域に踏み込むのは、まさしく大海原を渡る巨大な船の船長になった気分で……」
聞かれてもいないのに、錬金術へ対する愛を語りまくる。
いくら新しい理論を研究しても、新しい魔道具を開発しても、私の心が満たされることはない。
この熱烈な思いを、どうにかして伝えたかった。
というより、一度話し出すと止まらないのだ。
辺境伯様もクリステンさんも唖然としているけど、私の思いは止まらないぃ……!
「す、すまないが、そろそろ話を止めてもらってもいいだろうか。もう十分ほど経っている」
「……えっ」
辺境伯様に言われ、我に返った。
豪華なアンティーク調の壁掛け時計を見ると、確かに針が進んでいる。
好きなことに没頭すると、周りが見えなくなることが多々あるのだ。
これも私の悪癖。
あろうことか、わずか数分で悪癖を二つも披露しまうなんて……。
「……大変申し訳ございませんでした」
「いや、気にしないでいい。君の錬金術に対する気持ちはよく伝わった」
オタクの早口を後悔するも、少しばかりホッとした。
でも、ここからが本番だ。
気持ちを整え、辺境伯様にお願いする。
「あの、辺境伯様」
「なんだ?」
「私に、暗黒地底の環境を良くする魔道具を造らせてもらえませんか?」
「ふむ……」
意を決してお話しした。
自分の力がどこまで人の役に立つか試したい。
今までもそういう魔道具を作ってきた。
何より、錬金術師としてもっと成長したい……という気持ちが強かった。
そして願わくば引きこもりライフの日々を。
辺境伯様は黙り込んだまま何かを考えているかと思ったら、相変わらずの厳しい表情で話した。
「だが、君に務まるだろうか。何十年も魔法や錬金術に精通している者でさえ、ろくな成果が出せなかったのだぞ」
心配されるのは大変よくわかる。
メルキュール家で魔道具を販売しているときも、年齢のため不安に思うお客さんもいた。
「こんな小娘では不安になるのもわかります。でも、錬金術が好きな気持ちは誰にも負けません! お願いします……やらせてください!」
丁寧に丁寧に頭を下げた。
大した実績のない私にできることは、熱意を伝えるしかない。
辺境伯様はしばし黙った後、静かに告げた。
「……よし、わかった。そこまで言うのなら頼むとしよう」
「ありがとうございます!」
「ただし、私の方から条件を出させてもらう。達成できなければ、残念ながら君を雇うこともできない。即刻立ち去ってくれ」
「はい! 何なりとお申し付けください!」
どんな難題でも絶対に解決してみせる。
心の中で、強く強く決意した。
「まずは、屋敷の中の暑さと湿度をどうにかしてくれ。暗黒地底は夜も暑いし湿気も多いしで、ろくに眠れん。私は魔法が苦手だから、環境の改善にも難儀している状況だ」
「承知いたしました! 私にお任せくださいませ! 必ずや、お屋敷の気温と湿度を快適にしてみせます!」
今こそ、長年学んできた錬金術を活かすときだ。
辺境伯様たちの生活をより良くするために。
そして、念願の引きこもりライフを手に入れるために。
「見せてくれるか?」
メルキュール家に届いたあの手紙を渡す。
辺境伯様はしばし眺めたかと思うと、額にがっくりと手を当てた。
「なるほど、たしかにこれは婚姻を決める書類だ。古い友人に人探しを頼んだのだが、色々と勘違いしたらしい。私もせっかちな性格があってな、ろくに確認しなかった。申し訳ない」
「あ、いえ、こちらこそお騒がせして申し訳ございません」
地底は人里離れているから、手紙を出すだけでも手違いが生じるのかもしれない。
ところで、人探しって誰かを探していたのかな?
と思ったとき、辺境伯様がお話しになられた。
「私が今回募集したのは、地底屋敷の専属錬金術師だ」
「専属……錬金術師……?」
なにそれ、婚姻なんかよりそっちの方がよっぽど興味あるんですが。
途端にワクワクしてきた。
何段階か上昇したテンションを押しとどめながら詳細を聞く。
「専属錬金術師を募集していたのはどうしてですかっ?」
「私はずっと剣術の修行に出ていたが、父の引退により地底屋敷へと戻ってきてな。だが、あまりの環境の悪さに辟易しているんだ。正直、かなり参っている」
「たしかに、すごく暑いしジメジメしてますよね」
ここに歩いて来るだけで、服は汗でじっとりと濡れてしまった。
毎日こんなに暑いのでは大変だろう。
地底辺境伯様は渋い顔のまま言葉を続ける。
「そこで、環境を改善できる魔道具や魔法を使える人間を探したが、悉く失敗された。地底で採れた素材も自由に使わせていたのだが……。どうやら、名立たる錬金術師や魔法使いたちにとっても非常に難易度が高いらしい」
「なるほど……」
「暑さや湿気もそうだが、暗黒地底の環境の悪さは世界でもずば抜けている。私も各地を旅したが、ここの劣悪さはずば抜けている。改善の余地は掃いて捨てるほど余りある始末だ。ここに来た錬金術師は仕事が無数にあるだろう」
「……ほぁぁ~」
聞けば聞くほど魅力的な話が出てくる。
こんな地底で魔道具の製作に打ち込めるなんて、それこそインドア派筆頭の私にとっては夢のようだ。
「募集した魔法使いやら錬金術師やらを断るうちに、誰も来なくなってしまった。まぁ、元々暗黒地底や私についての良いウワサはないが……さて、クリステン。悪いが金貨を10枚ほど持ってきてくれ。迷惑料として彼女に渡したい」
「承知いたしました」
おや? ……話の流れが? ……変わったぞ?
クリステンさんは、さらさらとお部屋の出口へ。
え、ど、どういうこと。
「君もこんなところまで悪かったな。こちらの手違いで手間をかけてしまった。どうか、これで手を打ってほしい」
私の心中などいざ知らず、辺境伯様は淡々と告げる。
金貨で手を打つ。
それはつまり……。
「ちょーっとお待ちください、辺境伯様! クリステンさんもそこでストーーーップ!」
「うぉっ! な、なんだ!?」
「どうなさいましたか、フルオラ様!?」
思わず大きな声を出してしまった。
せっかく目の前に転がってきた、引きこもりライフの大チャンスが逃げちゃう。
「辺境伯様、実は私も錬金術師なのです」
「……なに? そうなのか?」
「はい。先ほど暴走……こほんっ……取り乱したときの光は、この魔道具で生み出しました。どうぞ使ってみてください」
件の《照らしライト》を差し出す。
辺境伯様が恐る恐る出っ張りを押すと、あの光がぽっと灯った。
「ほぉ、実際に魔道具を扱うのは初めてだが不思議なものだ」
「出っ張りをもう一度押していただくと光は消えます」
灯りが消えた後も、辺境伯様は感心した様子で《照らしライト》を触る。
こんなときになんだけど、自分の開発した魔道具に興味を持ってくれるのは嬉しいね。
「君はこれ以外の魔道具も作れるのか?」
「ええ、もちろん開発できます。実家では四六時中、魔道具を造って生計を助けていました」
「……四六時中?」
ハキハキと答えると、辺境伯様は怪訝な顔をされた。
どうしたんだろう、こんな小娘じゃ説得力がなかったのかな。
「君は強制的に働かされていたのか?」
「いえ、違います! 実家では日々魔道具を作るよう指令を受けておりましたが、むしろご褒美でございました! 婚約破棄されはしましたが、記憶の深海へ沈めてしまいました」
「「婚約破棄!?」」
今度はクリステンさんにも大声を出されてしまった。
慌てて事の詳細を伝える。
お二人は真剣な面持ちで聞いてくれた。
「なるほど……そうだったのか。世の中には酷い人間もいるものだ。君は辛い経験をしてきたんだな」
「まさか、フルオラ様がそのような仕打ちを受けられていたなんて……。S級メイドの私もオヨヨでございます……」
さすがの辺境伯様も例の二人については引いていた。
クリステンさんに至っては、オヨヨ……とハンカチで涙を拭いている。
「ま、まぁ、私は錬金術ができていればそれで良かったので……」
「私は魔道具はおろか、魔法に関してはずぶの素人なのだが、魔道具を作るのは辛いか?」
「全然辛くありません! とにかく錬金術が前世から……けほんっ、昔から好きなんです。探求するたび新しい景色が開きまして、未開拓の領域に踏み込むのは、まさしく大海原を渡る巨大な船の船長になった気分で……」
聞かれてもいないのに、錬金術へ対する愛を語りまくる。
いくら新しい理論を研究しても、新しい魔道具を開発しても、私の心が満たされることはない。
この熱烈な思いを、どうにかして伝えたかった。
というより、一度話し出すと止まらないのだ。
辺境伯様もクリステンさんも唖然としているけど、私の思いは止まらないぃ……!
「す、すまないが、そろそろ話を止めてもらってもいいだろうか。もう十分ほど経っている」
「……えっ」
辺境伯様に言われ、我に返った。
豪華なアンティーク調の壁掛け時計を見ると、確かに針が進んでいる。
好きなことに没頭すると、周りが見えなくなることが多々あるのだ。
これも私の悪癖。
あろうことか、わずか数分で悪癖を二つも披露しまうなんて……。
「……大変申し訳ございませんでした」
「いや、気にしないでいい。君の錬金術に対する気持ちはよく伝わった」
オタクの早口を後悔するも、少しばかりホッとした。
でも、ここからが本番だ。
気持ちを整え、辺境伯様にお願いする。
「あの、辺境伯様」
「なんだ?」
「私に、暗黒地底の環境を良くする魔道具を造らせてもらえませんか?」
「ふむ……」
意を決してお話しした。
自分の力がどこまで人の役に立つか試したい。
今までもそういう魔道具を作ってきた。
何より、錬金術師としてもっと成長したい……という気持ちが強かった。
そして願わくば引きこもりライフの日々を。
辺境伯様は黙り込んだまま何かを考えているかと思ったら、相変わらずの厳しい表情で話した。
「だが、君に務まるだろうか。何十年も魔法や錬金術に精通している者でさえ、ろくな成果が出せなかったのだぞ」
心配されるのは大変よくわかる。
メルキュール家で魔道具を販売しているときも、年齢のため不安に思うお客さんもいた。
「こんな小娘では不安になるのもわかります。でも、錬金術が好きな気持ちは誰にも負けません! お願いします……やらせてください!」
丁寧に丁寧に頭を下げた。
大した実績のない私にできることは、熱意を伝えるしかない。
辺境伯様はしばし黙った後、静かに告げた。
「……よし、わかった。そこまで言うのなら頼むとしよう」
「ありがとうございます!」
「ただし、私の方から条件を出させてもらう。達成できなければ、残念ながら君を雇うこともできない。即刻立ち去ってくれ」
「はい! 何なりとお申し付けください!」
どんな難題でも絶対に解決してみせる。
心の中で、強く強く決意した。
「まずは、屋敷の中の暑さと湿度をどうにかしてくれ。暗黒地底は夜も暑いし湿気も多いしで、ろくに眠れん。私は魔法が苦手だから、環境の改善にも難儀している状況だ」
「承知いたしました! 私にお任せくださいませ! 必ずや、お屋敷の気温と湿度を快適にしてみせます!」
今こそ、長年学んできた錬金術を活かすときだ。
辺境伯様たちの生活をより良くするために。
そして、念願の引きこもりライフを手に入れるために。