婚約破棄された錬金術師ですが、暗黒地底に放り出されたら冷徹な辺境伯様との楽しい毎日が始まりました

第8話:明るい洞窟とお空

「アース様、ちょっとよろしいでしょうか。魔道具が完成いたしました」
「なにそれは楽しみだ。今行く」
 執務室に行き、アース様をお呼びする。
 まずはお屋敷の外にご案内し、《照らしライト:浮遊型》をお見せした。
「こちらが洞窟を照らす魔道具、《照らしライト:浮遊型》でございます」
「おお……光かなり明るいランタンじゃないか。これがあれば探索もずっと楽になる。光量が安定して頼りがいがあるな。松明だと炎の揺らめきでどうしても死角ができやすいんだ」
 ぷかぷかと宙に浮かぶランタンを、アース様は嬉しそうに眺める。
 触ったり撫でたりして、大変興味を抱かれたようだった。
「松明の代わりに、等間隔に配置させれば洞窟全体が明るく照らせると思います。自動で動ける仕様にしたので、アース様と一緒に移動することもできます」
「素晴らしい……。それなら《照らしライト》の配置が完了する前に行動できるな」
「洞窟に配置するのは私もお手伝いします。こちらも《エアコン》と同様、魔力の補給は必要ありません」
「なに、これも魔力が不要なのか? ……君は本当に優秀な錬金術師だ」
 アース様は驚きながら褒めてくれた。
 錬成陣の方程式を工夫すれば、魔力の自己生産はそれほど難しくはない。
 理論だって一度組み立てれば、他の魔道具にも応用できるのだ。
「では、さっそく洞窟へ向かうとしよう」
「お待ちください、アース様。まだお見せしたい魔道具がございます」
「これ以外にも何か作ってくれたのか?」
「はい、こちらの魔道具でございます。空を照射できる……《天候照射機》です!」
 先ほど錬成したばかりの《天候照射機》をお見せした。
 機能や使い方を簡単に説明する間も、アース様は目を見開いては驚く。
「本当に……作ってくれるとは思わなかった。しかも、Sランクの魔道具なんて私も数回した見たことがないぞ」
「アース様のためならば、どんな魔道具も製作する所存でございます。ですが、《天候照射機》は製作がなかなか難しく、高ランクの素材をいくつか使ってしまいました」
「素材なんかいくらでも使っていいんだ。……ありがとう、フルオラ」
「いえ、私こそアース様に大変感謝しております。アース様に拾っていただかなければ、私は今頃どうなっていたかわかりませんので……」
 そこで私は言葉を切った。
 アース様は何か言うのかなと思ったけど、予想に反して何も言わない。
 沈黙が私たちを包み込む。
 徐々に私の心は焦り出す。
 な、何か喋ってくれませんか?
 だって、なんか……。

 ――変な空気になってしまったぞ。

 私の新しい悪癖か?
 もう勘弁してくれたまえよ。
 一人で内心焦っていたら、にまにまにま……という謎の音が聞こえてきた。
 こ、今度はなんだ?
 ギギギ……と音の方向を見る。
 クリステンさんが笑っていた。
 にまにまと。
 アース様も音の正体に気づいたのか、ひと際厳しさを増した表情で問う。
「……クリステン、なんだその笑顔は」
「いえ、仲がよろしいことで嬉しくなってしまいまして」
「今すぐその生暖かい微笑みをやめなさい」
「しかし、グラウンド様のお幸せを願わずにはいられませんので……」
 クリステンさんは注意されても、まったく怖じ気づかずににまにまを続ける。
 すごい精神力だ。
 さすがはS級メイド……なのだけど、展開が怪しくなってきたので、慌てて《天候照射機》を起動させた。
「で、では、《天候照射機》を動かしますねっ」
「いいか、クリステン。私はフルオラの優秀さは認めている。暗黒地底の劣悪な環境を改善してくれる優秀な錬金術師だ。だが、それ以上の感情は抱いたことはまったくなくてだな……」
「傍らから見ておりましても、お二人は大変お似合いだと存じますが……」
 アース様たちはしばらく話していたけど、天井を見たら話をやめた。
 洞窟全体に夜空が広がる。
 穏やかな深い濃紺の空。
 薄っすらとした白い雲が彩り、その隙間から煌びやかな星々が顔を出す。
 映し出された空を見て、今は夜なのだと実感した。
 洞窟の空は、松明や《照らしライト》のぼんやりとした明るさに照らされ、何とも風情のある光景だ。

 ――よかった……うまくできた……。

 洞窟内に外の空を照射する。
 難しい内容だったけど、錬金術師としてまた一歩成長できた気がした。
 アース様たちは気に入ってくださったかな?
 と思って隣を見るけど、お二人は固まったままだ。
「あ、あの、アース様、クリステンさん……?」
 少し不安になって話しかけると、お二人はハッとした。
「ぼーっとしてすまない、フルオラ。正直に言って……感動した。あまりの美しさに胸を打たれ、ぼんやりしてしまったんだ」
「私も暗黒地底でこれほど見事な景色は初めて見ました。感動で言葉もありません……」
 アース様もクリステンさんもずっと天井を見上げている。
 映し出されているのは偽物の天気。
 でも、地底で過ごす人にとっては、これ以上ないほど綺麗な光景でもあった。
 私も雰囲気を壊さないよう、静かに説明を続ける。
「《天候照射機》は魔力の補給は必要ですが、三日に一度で十分です。定期的にメンテナンスすれば、かなり長いこともつと思います」
「まったく……君の実力には驚かされてばかりだな」
 苦笑しながらアース様は言う。
 そう仰ってくれたけど、私は錬金術としてはまだまだ未熟者なのだ。
 これからも精進を重ねなければ。
「では、お屋敷に戻りますね。すみません、保管庫を散らかしたままでして。急いで片付けないと……」
「フルオラ」
「はい、なんでしょうか?」
 お屋敷に戻ろうとしたら、アース様に呼び止められた。
「暗黒地底での生活は……イヤではないか?」
 聞かれたことは、予想もしていない質問だった。
 私は足を止めアース様に振り返る。
「申し訳ございません、アース様。地底での生活がイヤというのは、どういう意味でしょうか?」
「ここは暑いし暗いし街からは離れているし、良いところが一つもない場所だろう。君のような年頃の娘には酷な環境だと思ってな」
 厳しい表情から言われたのは温かい言葉だった。
 そんな心配をしてくれるなんて、大変お優しい方だ。
 怪物だとか人食い男だとかウワサをしている人に、あなたたちが言っていることは間違っていると、アース様は素晴らしいんだ、と伝えたいくらいだった。
「いえいえ、錬金術にこんなに没頭できる環境は他にはありません! 毎回どんな魔道具を作ろうか考えるだけで楽しいです。しかも、人里離れているってことは引きこもれるってことですよ! 私にとっては、まさしく天国、楽園、理想郷、ユートピア、エデンでございます! 私には“どんなことも、悪いところより良いところを見つける”という信条があるのですが、暗黒地底は本当に楽園のようです!」
 私が言った(悪癖により叫びとなった)ことは、お世辞でも嘘でもなかった。
 真実だ。
 アース様はしばしの間何かを考えていたけど、やがて笑顔になって告げた。
「……そうか。それを聞いて安心した。今後も魔道具の製作に打ち込んでくれ。“悪いところより良いところを見つける”……良い言葉だ」
 黙って聞いていたクリステンさんも、ピシッと姿勢を正して言ってくれた。
「私もフルオラ様のお疲れが癒されるよう、精一杯努めて参ります」
「はい、ありがとうございます! 頑張ります!」
 力強く返事をしてお屋敷へ戻る。
 みんなのためにも、これからももっと頑張ろうと強く強く決心した。
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