王子様の恋人になるお仕事はじめました
 制服のポケットから、トビンが描いてくれた似顔絵を出して広げる。
 目も口もカーブを描いて笑っている、絵の中のわたし。

「トビンとジュニーに、明日は元気になるって約束したのに……。元気になれるのかな……」

 甲高い悲鳴に、我に返る。
 悲鳴が上がった方を見ると、金属製の大きなゴミ箱が倒れていた。わたしが各教室から集めてきたゴミが、廊下に散乱している。

「誰よっ! こんなところにゴミ箱を置いたのは!」
「すみません!!」

 ボブで赤毛の生徒が、わたしを睨みつけた。目尻の上がった目が意地悪そうで、心臓がきゅっと縮こまる。
 けれど怯えている暇はないと、慌てて散らばったゴミを拾う。誰かが「素手でゴミを拾っている。惨めね」と嘲笑った。
 
「……なにこれ」

 シェリアが、画用紙を拾った。
 血の気が引く。ゴミを拾うことに気がとられていて、トビンが描いてくれた似顔絵を無意識に床に置いてしまった。
 
「あ、あの! それはわたしのもので、返してもらえませんか!」
「ふーん……」

 シェリアはしばらく絵を見ていたが、視線をわたしに移すと、口元を歪めた。
 ゾッとするものが背中を駆け抜ける。シェリアの美しい顔に、凶悪なものが混じっているように感じられてならない。

「またあなたなの? 言ったわよね。私の視界に汚いものを入れたくないと。なのに出入り口の前にゴミ箱を置いて、ガーネットに倒させるなんて。私たちに対する嫌がらせをしているわけ?」
「違います! 全然そんな……。今すぐに片付けますので!」

 ゴミを集めようとして——シェリアが画用紙を持ったままであることが、気になる。
 その絵はわたしのもので、返してほしいと言った。なのに、シェリアには一向に返す様子がない。
 心臓が嫌なふうにドクドクと音をたて、背筋に冷たいものが走る。

「あ、あ、あの、返してもらえませんか……?」
「ねぇ、みんな。この絵、どう思う?」

 シェリアが、ボブで赤毛の女子生徒——ガーネットに絵を手渡した。
 
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