王子様の恋人になるお仕事はじめました
 いじめられた悲しさと、絵を取り戻せた嬉しさとで、涙が止まらない。
 泣きじゃくるわたしを、アルオニア王子は大教室に引き入れた。

「助けてくれて、ありがとうございます……」
「別に、たいしたことはしていない」

 わたしがいじめられていたとき。大教室の中に残っていた生徒たちは、素通りしていった。
 誰もが気まずそうに顔を背けた。同情のこもった目はしていたけれど、シェリアたちに関わりたくないとばかりにそそくさと帰っていった。
 アルオニア王子だけが、見て見ぬふりをしなかった。

 わたしは涙を拭くと、精一杯の笑顔を浮かべた。

「とても嬉しかったです。ありがとうございます」

 西日のせいで、アルオニア王子の顔がオレンジ色に染まっている。
 王子の無表情さがほんの少し、崩れた。感謝されて照れてしまった、とでもいうように——。
 けれどすぐさま、王子は冷めた表情に戻った。

「たいしたことはしていない。気にしなくていい」

 この大学で清掃員の仕事を始めてから、三年になる。シェリアたちほど目立っていじめてくる生徒はいなかったけれど、良家の子女たちにとってわたしは憐れみの対象だった。
 アルオニア王子は冷めた目をしているが、それはわたしだけじゃない。シェリアにも同じ目を向けていた。
 学歴のない貧しいわたしにも、教養のあるお嬢様のシェリアにも、同じ目を向ける王子。差別しない王子に、信頼に近しいものを感じる。

「あの……。シェリア様は、王子と親密度が増した。婚約者に選ばれるかもしれないと話していましたが、本当ですか?」
「バカバカしい」

 王子は心底くだらないというように、端正な顔に嫌悪の色を浮かばせた。

「彼女の父親は貿易の仕事をしている。我が王家と関わりがあってね。その繋がりで、パーティーで何度か踊っただけだ。それだけで親密度が上がったとは、迷惑な話だ」
「では、あの、彼女役をしてくれる相手は、その……まだ必要としていますか?」
「君が引き受けてくれるなら」

 シェリアたちのことが頭に浮かぶ。
 ビジネスパートナーとはいえ、王子の彼女がわたしだと知られたら、いじめがもっとひどくなるだろう。想像するだけでゾッとする。
 けれどわたしの頭を占めているのは、ジュニーとトビン。
 ポケットに手を入れ、折り畳んである画用紙に触れる。
 
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