王子様の恋人になるお仕事はじめました
 妹と弟を守りたい。おいしいものをたくさん食べさせてやりたい。新しい服と靴を買ってあげたい。裁縫の好きなジュニーには、かわいい布と糸を。お絵描きの好きなトビンには、絵の具を買ってあげたい。二人の笑顔をたくさん見たい。
 妹と弟を幸せにするためなら、つらい目にあっても平気。いじめられても耐えてみせる。
 
 それでも、不安と緊張で声が震える。けれど勇気を奮い立たせ、王子をまっすぐに見つめた。

「恋人役のお仕事——わたしでよければお引き受けします。よろしくお願いします」
「そうか。それは助かる」

 顔を上げると、王子の目元が和らいでいる。冷めた目じゃない。雪が溶け、その下に咲いていた花が姿をあらわしたような、温もりのある眼差し。
 頬がカッと熱くなる。

「この際、清掃員の仕事を辞めたらいいよ。まかなえるぐらいの給料は出せるんだから」
「でも……」
「いつでも助けてあげられるわけじゃない。嫌な思いをしたくないだろう?」

 王子にも、わたしがいじめられるんじゃないかという懸念があるらしい。
 けれどわたしは、期間限定の恋人役という仕事のために、清掃員の仕事を辞めたくない。王子が卒業して本国に帰った後、また仕事を見つけることができるのか不安だ。
 心配してくれる王子のために、明るく笑ってみせる。

「わたし、お掃除の仕事が好きなんです。綺麗になるのが嬉しいし、没頭していると時間も嫌なことも忘れて、心が無になるんです。面と向かって感謝されることはないけれど、生徒たちが快適に勉強できることに貢献していると思うんです。清掃員の仕事にやりがいを感じているので、続けたいんです」
「そうか。まぁ、君がそこまで言うのなら……」

 わたしの反応が意外だったらしく、王子は眉根を寄せた。
 納得していないような口ぶりなのに、それでもわたしの気持ちを尊重してくれたことが嬉しい。

 三日後に王子の邸宅に行くことを約束して、別れの挨拶を述べた。
 キャスターが付いている金属製のゴミ箱を運んでいると、王子の声が背後から聞こえた。

「いつも綺麗にしてくれて、ありがとう」
「え?」

 振り向いたときには、すでに王子は歩き出していた。凛としている彼の背中に、感謝を届ける。

「ありがとうって言ってくれて、わたしのほうこそありがとうございます!!」

 アルオニア王子は冷たい人のように見える。けれど、本当は違うのかもしれない。
 清掃の仕事をしても、面と向かって感謝されることはない。そう言ったわたしのために、いたわりの言葉をくれた。

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