王子様の恋人になるお仕事はじめました
「えっ! どうして……」
「ヴェサリスからの伝言。驚いて、目が覚めましたか? だそうだ。眠かったの?」

 時刻は、夜九時。決して遅い時間ではないけれど、疲労が溜まって、何度かあくびをしていた。こっそりあくびをしたつもりが、ヴェサリスに見られていたらしい。

「全然!! まったく眠くないです!!」
「そう? なら、ダンスしよう」

 王子と二人きりで過ごすのは、三週間ぶり。疲れが一気に吹き飛んで、胸がそわそわと踊る。
 王子は音楽をかけた。

「お姫様、お手をどうぞ」

 王子のすらりとした美しい手に、指先を乗せる。
 ゆったりとした音楽に乗り、ステップを踏む。右に左に、前方に後ろに。
 アルオニア王子のリードは完璧だった。わたしは身を委ね、王子を感じ、音楽を感じ、身体を感じ、呼吸を感じ、自分の内にある情熱のままに、軽やかに跳ねる。
 ターンを三回繰り返したのち、王子の手が腰に回され、わたしは足をピタリと止めた。
 王子のアメジスト色の瞳がわたしを捉え、わたしも王子を見つめ返す。

 音楽が止んだ。
 満足のいくダンスができたことに、歓喜の笑みがこぼれる。

「すごいっ!! すごいです! こんなに楽しく踊れたの初めて! アルオニア様はダンスがお上手ですね!」
「リルエこそ、とても上手で驚いた。ここまでくるのは相当にしんどかったんじゃない?」
「大丈夫です。わたし、体力には自信があるんです。この感覚を忘れないために、もう一回踊りましょう!」

 音楽をかけに行こうとするわたしの手首を、王子が掴んだ。

「無理はよくない! 倒れるんじゃないかと心配なんだ。今日はこれで終わろう」
「でも、時間がないんです。グレース先生が言っていました。わたしの振る舞いがアルオニア様の評判に繋がるって。恥をかかせたくないんです。後悔しないためにも、今できることを精一杯にやりたいんです!」
「リルエ……僕のために、そこまでして……」

 わたしは冗談を言うときのような明るさで、笑ってみせる。

「わたしがダンスで派手に転んだら、困るのはアルオニア様ですよ! わたしは社交会に出ないからいいですけれど、アルオニア様は今後も社交会に出るのでしょう? 恥ずかしい思いをしないためにも、あと十回は踊りましょう!」
「あははっ! 十回ね。いいよ」

 王子の表情が緩む。笑うと目がなくなる彼の笑顔を愛おしく思いながら、わたしは音楽をかけた。
 アルオニア王子とのダンスは楽しくて、彼といられる時間がとても幸せで、この時間がずっと続けばいいのに……と願ってしまった。


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